資材価格の高騰や人材不足、技術革新への対応が多くの中小ものづくり企業を直撃している。そんな中、BtoB市場で地道に技術力を磨き、大型工場を建設したり、ブランディングを本格化させたり、さらには次世代のものづくり拠点を立ち上げるなど、「攻めの経営」を進める企業がある。卓越した技術で異業種からの要求にも応えて、新たな需要獲得を目指す地域の企業を紹介していきたい。
高い技術力と前向きな提案力で新規需要を開拓 JAXAの部品メーカーとしてブランディングを本格化
長野県下諏訪町(しもすわまち)にある入一(いりいち)通信工業は、1901年に製糸業として創業。その後「生糸を正確に巻く技術」を「導線を巻く技術」として応用し、電気機器製造業へ転換した。現在、通信関連機器などの設計から製造までワンストップで行っており、近年は自社ブランドのIoTセンサーなども提供している。2024年には、JAXAから部品メーカーとして認定された。
創業時の製糸業から電気機器製造業に転換
長野県下諏訪町がある諏訪地域は、戦時中の疎開工場建設を機に、現在でも精密機器製造の集積地となっている。下諏訪町にある入一通信工業は、1901年に製糸業として創業し、31年に会社を設立した。当時、大手電機メーカーの担当者が、同社工場で生糸を紡ぐ人の姿を見て「導線を巻く作業と同じ」と気付いた。こうして同社は、「生糸を正確に巻く技術」を「トランス・コイル(電圧変換の機能を有する導線など)の巻線技術」に応用し、電気機器製造業へ転換した。
「トランス・コイルといった部品だけではなく、電源ユニットや通信機器も当社でつくらせてほしい、と貪欲に提案してきました。それが受け継がれていると思います」と語るのは、現社長の久保田光弘さんである。同社は「巻く技術」を核に、設計から製造までのワンストップ体制を確立した。60年代以降は、本社を東京に移して営業を展開。大手通信会社のアナログ交換機など、大型通信装置に部品が採用されたほか、その後のISDN全盛期には端末機器などの生産を引き受け、陸上から海底用通信ケーブル部品まで通信インフラを支えた。
その技術力は、70年代からスタートした宇宙事業が証明している。ある企業から「人工衛星に搭載するものもやらないか」と声がかかった。国家プロジェクトという「トップシークレット」のため、当時は自社が関わっていることすら言えなかったが、あれから50年以上、数々の人工衛星にトランス・コイルを提供し続けている。
品質重視の姿勢で顧客の信頼を勝ち取る
80年代には、顧客のEMS(電子機器受託製造)要望に応え、マレーシア工場を設立した。「現地にはまだ日系企業が少ない時代でしたが、当時の社長に先見の明があったのでしょう」と久保田さんは語る。当時は、カスタム電源やキャッシュレジスターなども製造したが、現在はプリント基板アセンブリから製品組み立てまで、ワンストップの生産体制で量産品を担う。国内工場では宇宙関連やニッチな鉄道系装置など、より高品質な要求に対応し、全社で品質重視の姿勢を貫いている。
