昭和52年の設立当初から、空気入りビニール玩具や雑貨を企画・製造してきたイガラシ。同社が55年に発売した、業界初の足入れ部分付き幼児用浮き輪が、今でも堅調な売れ行きを続けている。このタイプの浮き輪は今ではポピュラーなものとなっているが、30年以上も前にこのヒット商品を思い付いたきっかけは何か、ロングセラーであり続ける理由はどこにあるのかを探る。
「今までにないものを」バイヤーの言葉が転機に
昔も今も、浮き輪といえばドーナツ型が定番である。直径40~50㎝の子ども用から、120~130㎝もある大人用まで細かくサイズが展開されており、夏が来るたび売り場を鮮やかに彩っている。サイズこそ豊富だが、30年ほど前まで、浮き輪の対象年齢は3歳以上とされていた。水の中でしっかりと浮き輪につかまっていられる年齢にならなければ、思わぬ事故につながりかねないからだ。しかし、3歳未満の幼児だってプールや海へ行くし、水に漬かるとなれば安全のために浮くものが欲しい。そうした潜在ニーズは相当前からあった。
そこに着目し、日本初の1歳半から3歳未満の幼児を対象とした浮き輪を製造し、世に送り出したのがイガラシだ。同社社長の五十嵐武志さんは、もともと空気入りビニール製品メーカーに勤務していたが、昭和50年に独立。身に付けたノウハウを基に同社を設立した。
「いわゆる〝ふくらまし〟商品は夏のアイテムが主体。ですが、1960年代に一世を風靡したダッコちゃんをはじめ、アニメキャラクター人形などの通年商品が次々と登場し、創業当時は業界全体がにぎわっていました。でも私は、ブームに頼ってばかりではいけないという思いがあり、当初から浮き輪やボートなどを中心に、品質にこだわったものづくりを心掛けてきました」と五十嵐さんは振り返る。
とはいえ、浮き輪の形はどこがつくっても大差はなく、なかなか差別化しにくい。日々、新たな商品を模索する中で、取り引きのあったイトーヨーカ堂のバイヤーから「今までにないものを売り場に置きたい」と言われた五十嵐さん。ふと思い付いたのが、それまでは浮き輪の対象年齢に入っていなかった、〝幼児用〟というアイデアだった。
安全対策のヒントは体にフィットする〝おむつ〟
幼児でも安心して使えるものにするには、万全の安全対策が必要だ。どんなに輪の内径を小さくしても、何かの拍子に体が輪からスルッと抜けてしまう恐れがある。ならば、絶対に抜けないように輪の内側を部分的にふさぎ、足だけを通すようにしたらどうか、とひらめく。バイヤーもそのアイデアに賛同し、54年秋に製作に取り掛かった。
「最初にイメージした形は〝ふんどし〟です。幅15~20㎝のビニールシートを輪の内側にたるませて接着し、その両側にできたすき間に足を入れればいいと考えたんです。しかし、そんな安易な形ではお尻にフィットせず、安定性も悪かった。そこで思い付いたのが〝おむつ〟。これなら形が合うはずだと、早速型紙に起こしてみました」
ところが、製作は思っていたほどスムーズには進まなかった。おむつは前後で形が異なる上、微妙なカーブや傾きによってフィット感が変わってくる。体にフィットしなければ、安全性も低下してしまう。また、穴に足を通す際、縁で肌を傷付けないような加工も施さなければならない。何度も試作を繰り返した末、ようやく足入れ部分が完成。輪の内側に、ビニールシートを3重にして接着し、1歳半から使える幼児用浮き輪が出来上がった。
通常、14歳までの子どもが使用する玩具には、日本玩具協会の安全基準をクリアした証である「STマーク」の取得が必要だ。しかし、新商品の場合は特に、その取得に時間がかかる。そこで、一刻も早く市場に投入したかった五十嵐さんは、月齢の違う幼児による使用テストを自社で実施。その結果を基に、同協会と日本空気入ビニール製品工業組合の推薦状を取り付けた。こうして、55年7月、イトーヨーカ堂津田沼店(千葉県)での試験販売にこぎ着けたのだった。
海外への生産委託で安く高品質な製品づくり
それと並行して、意匠登録の手続きも進めた。苦労して開発した機能でも、同業者によってすぐに真似され、類似品が登場するのは目に見えていたからだ。特許と比べて意匠は短期間で申請できることから、そのシーズン中に登録が完了した。
果たして、売れ行きは予想をはるかに超えるものだった。わずか1店舗のみの取り扱いだったにもかかわらず、販売総数は6000個にも上った。その結果を受け、翌年から取扱店が一気に増加。売れ行きも順調に伸び、以降30年以上にわたって年間1~2万個を売り上げる同社の定番商品となった。
現在では他社からも同じ機能を持った商品が発売されており、人気キャラクターをプリントしたもの、形の凝ったものなど、バラエティーに富んだ浮き輪が売り場に並んでいる。そうした中、大手に負けず安定した売上を続けている理由はどこにあるのか。
まずは、あえてノンキャラクターの商品を主力として、色や柄のバリエーションを豊富に取りそろえたことが挙げられる。そのデザインも2~3年ごとにリニューアルし、さらにパトカーや電車をモチーフにしたベビーボートなどの姉妹品も充実させ、常に目新しいものを世に送り出す戦略が功を奏したといえるだろう。
そして、当初から海外に生産を委託したことも大きい。この手の製品づくりには意外に多くの工程があり、相応の設備も必要なため、国内で多品種を安定的に製造するにはコストが掛かってしまうのだ。
「当社程度の規模の会社でも、優秀な人材を擁する海外の工場に生産委託することはできます。そこでアジア各国に何度も足を運び、工場の設備や工員の働きぶり、社長の人柄などを考慮して、2000人の工員を抱える台湾の会社と契約しました。その後、中国、タイやマレーシアの工場にも委託していますが、どこも日本の高い技術力を欲しがっていたので、こちらがノウハウを提供する代わりに、安くて高品質の製品をつくるというギブアンドテイクで、ずっといい付き合いを続けていますよ」
常に新しいものを生み出そうとする好奇心と、海外を見渡すグローバルな視野。そうした先見性が、ロングヒットを支える根幹となっているようだ。
会社データ
社名:株式会社イガラシ
住所:東京都足立区東伊興3-21-13
代表者:五十嵐武志 代表取締役
創業:昭和52年
資本金:1000万円
従業員:18人
※月刊石垣2014年8月号に掲載された記事です。
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