瀬戸大橋のたもとにある香川県坂出市で、主に婦人服の縫製を手掛けてきた山本縫製工場。同社が平成24年に発売した腹圧健康ベルト「アセット」がじわじわと売れ続け、今や同社の看板商品となっている。見た目はよくある腰痛ベルトだが、一度着用すると手放せないと、ユーザーから絶大な支持を集めている同商品。開発と販路開拓の経緯を探った。
知人の切実なニーズから開発のヒントを得る
腰に不安を抱える人なら、一度は腰痛ベルトの世話になったことがあるのではないだろうか。ところが、固い、きつい、ズレる、ムレる……など、なかなか使い心地のいいものに巡り合えないケースが少なくない。
ところが、「アセット」は一度使った人から絶大な支持を受けているのである。この商品の大きな特徴は、適度な締めつけが内臓などを支える「腹圧」を高め、腰痛の一因となる腹筋や背筋の筋力低下をサポートすることだ。重量挙げの選手がベルトを巻くのは、腹圧を高めて筋力を引き出すためだが、このアセットも同様のメカニズムに着眼してつくられている。また、速乾素材の間に吸湿素材を挟んだ三層構造になっており、汗を吸っても表面はサラッとして、地肌に直接装着することができる。そのため、「腰が楽になった」「姿勢が良くなった」「腰まわりにあせもができなくなった」「ザブザブ洗えて衛生的」などの口コミが徐々に拡大。日経新聞や情報誌に取り上げられたこともあり、当初の予想を上回るペースで売れている。
同商品を開発したのは、主に婦人服の縫製を手掛けている、山本縫製工場二代目社長の山本益美さんだ。きっかけとなったエピソードをこう話す。
「以前、ちょっとした遊び心から、吸湿性の高い素材で頭部に巻くハチマキ状の汗止めをつくったんです。それを使った知人から、『すごく汗を吸って快適だから、これで腰に巻くベルトもつくってよ』と言われましてね。聞けば、普段使っているベルトのせいで、腰全体にあせもができ、かゆくてしょうがないと言うんです(笑)」
この話を別の知人にしたところ、「もしつくるなら私も欲しい」という声が相次ぎ、山本さんは商品化を決意した。
自ら使用テストを行い商品価値を確かめる
アパレルのデザインや裁断を手掛けてきたおかげで、ベルトの形はスムーズに決定。立体裁断の技術を生かし、フィット感を出した。また、ムレやあせも対策として、十数種類の素材を比較検討。ベルトの表面には速乾性に優れた「CEOα®」(東レ製)を用い、内側に綿の7倍の吸湿性を持つ「ベルオアシス®」(帝人ファイバー製)を挟み込むことにした。これにより、汗をかいても内側の繊維が水分を吸って抱え込み、表面はサラッとした状態を保てるので、地肌に直接着けても快適というわけだ。しかし、難題に突き当たる。
「実は二つの素材は伸縮性が異なり、速乾素材の方は伸びやすく、吸湿素材は伸びにくいんです。伸縮しない部分では問題ありませんが、両脇にあるゴム部分に両素材を用いて伸ばすと、吸湿素材が引っ張られて破れてしまいます。ゴム部分だけ吸湿素材を挟まなければ破れませんが、そこだけあせもができてしまう可能性が出てくるし、ゴムを使うのをやめればフィット感が悪くなります。この点がジレンマでしたね」
山本さんは二つの素材を生かそうと、さまざまな縫製技術を駆使して試作を重ねた。その結果、今まで手掛けたことのない独自の縫い方を見いだし、ようやく形が出来上がった。
果たしてどんなつけ心地になったのか。山本さん自ら、土日や夏の暑い日などに一日中試作品を装着し、どれくらい汗を吸い取れるのかテストを繰り返した。また、効果を確かめるために知り合いの医師に見てもらったところ、「これは腹圧ベルトだね」と言われた。腹部には骨がないことから、腹筋や背筋による腹圧の力で内臓を支えている。そこへ外圧をかけると、脳は内臓を守るため、反射的に押し戻そうとして腹圧を高め、神経が腹部に集中して、相対的に腰の痛みが和らぐのだという。つまり、このベルトは固定して腰を守るのではなく、腹圧を高めることで痛みを緩和する作用があることが分かったのだ。
医師の言葉に自信を得た山本さんは、平成24年4月に自社通販サイトで同商品の販売を開始した。
ユーザーの声はものづくりの原動力
そもそも、山本さんが本業の傍ら、こうした自社オリジナル商品をつくるようになったのは、平成12年ごろからだ。4年に父親の後を継いで代表取締役に就任したが、バブルが崩壊し、中国で加工された安価な製品が急増するにつれ、経営はみるみる悪化していった。今後どうするかを考え抜いた末、「再就職先を見つけるなら早い方がいい」(山本さん)と従業員全員のリストラを実行。夫婦二人で再出発することにした。
「縫製の仕事を継続するにしても、これからはインターネットが普及し、私たちのような零細企業でもいいものをつくれば売れる時代が来ると思いました。もともと、ものづくりは得意な方でしたから、身近な人の意見やニーズを参考にいろいろな実用品を考案しながら、ホームページや通販サイトの整備を進めました」
こうして、メガネケースやトイレットペーパーホルダー、横から引き出すティッシュボックスなどのアイデア商品を次々と生み出し、取引先や知人から評判の良かったものをネットで販売。その一つがアセットだった。
販売開始後、しばらくは反響のない日々が続いたが、一度使ってファンになったユーザーの口コミやリピート買いなどにより、徐々に注文が入るようになる。もっと広くアピールしようとメディアにプレスリリースを送って記事に取り上げてもらったり、展示会に出展したことなどが奏功し、売れ行きは伸びていった。
その後もユーザーの要望を受けて、男女兼用を男性用と女性用に分けてサイズバリエーションを増やしたり、花柄や水玉模様などのおしゃれなデザインを取り入れるなど改良に努め、今では「アセットじゃなきゃダメ」という固定ファンをつかんでいる。
「お客さまが喜んで使ってくれることが一番の励み。今後もまだまだ新しいものをつくっていきたい」と力強く語る山本さん。今後、どんな意外性のあるものを世に出してくれるか大いに楽しみだ。
会社データ
社名:有限会社山本縫製工場
住所:香川県坂出市福江町2-5-9
代表者:山本益美 代表取締役社長
創業:昭和37年
資本金:300万円
従業員:8人
※月刊石垣2014年10月号に掲載された記事です。
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