大正9年の創業以来、石けんひと筋につくり続けてきた東邦。同社の看板商品である「ウタマロ石けん」が、発売から60年近くたった今も根強いニーズを保ち、堂々のロングセラー商品となっている。高機能洗濯機が次々と市場に登場する中、昔ながらの洗濯石けんがここまで売れ続けているのはなぜか。ユニークなネーミングとともに、その秘密を探る。
「歌麿」の名を冠して日本一を目指す
今、売れに売れている洗濯石けんがあるのをご存じだろうか。その名も「ウタマロ石けん」。色は鮮やかなエメラルドグリーンで、普通の固形石けんよりも心持ち軟らかい。これを衣類の汚れの気になる部分に使うと、驚くほどきれいになるのだ。その優れた洗浄力が口コミで広がって売れ行きを伸ばし、昨年の販売個数は750万個と過去最高記録をたたき出した。
同商品が誕生したのは昭和32年。東京で京花紙(現在のティッシュペーパー)を中心に日用品を扱っていた商社・宮井産商が、「石けんは扱ってないの?」という客の声に応え、東邦の前身である東邦油脂に製造を委託したのがきっかけだ。
「宮井産商の宮井慶太郎社長が、『売るからには日本一を目指したい』と全国の石けんメーカーを調べた結果、白羽の矢が立ったのが当社でした。こちらとしても、創業以来石けんひと筋にやってきて、技術と品質には自信があります。関東にも商圏を広げるチャンスだと考えて、引き受けることにしたんです」と同社常務取締役の西本武司さんは語る。
こうして、同社の製造した緑色の洗濯石けんに、日本版画好きな宮井社長が喜多川歌麿にちなんで「ウタマロ石けん」と命名。関東以北を中心に販売を開始した。
販売会社の倒産で製造中止の危機に
そもそも石けんは、脂肪酸と呼ばれる油と水酸化ナトリウムを反応させてつくられた、界面活性剤(洗浄成分)の一種である。衣服についた油汚れも、界面活性剤が生地にすんなり浸透して汚れを浮かせ、水に溶かし出して落とすというわけだ。とはいえ、原料となる脂肪酸の種類や配合比、製法によって洗浄力は変わってくる。脂肪酸には、ラウリン酸やオレイン酸などたくさんの種類があり、その配合比も含めると組み合わせは無限にある。
同商品は、長年の研究により、数ある組み合わせの中から汚れ落ちに適した脂肪酸の質やその配合比を選び抜いてつくられている。さらに、一般的な固形石けんより軟らかめに成形することで、生地を傷めず汚れになじむよう配慮。このように、原料にも製法にもこだわっただけあって売れ行きは上々、発売当初はピーク時で年間300万個を売り上げるほどの商品となった。
ところが、全自動洗濯機と合成洗剤の普及に伴い、売れ行きは下降線をたどる。平成10年には業績悪化で宮井産商が廃業。同商品も製造中止の危機に直面する。
「全自動洗濯機の機能は日進月歩で進化し、合成洗剤も次々と市場に投入されていきました。固形の洗濯石けんはすっかり過去のものとなり、当社も製造を止めようかと考えていたんですよ。そんなとき、客から『ウタマロがなくなったら困る』『ずっとつくり続けてほしい』という要望がたくさん来ていると販売店から聞きまして……。その声に背中を押され、宮井産商から商権を買い取って当社が製造・販売することにしたんです」と西本さんは振り返る。
「部分洗い」に特化し売れ行きがV字回復
客がそこまで同商品を熱望した理由は、〝洗濯用〟ではなく〝部分洗い用〟としての実力だった。Yシャツの襟の黒ずみや食べ物のシミなどに同商品を直接こすりつけ、もみ洗いをしてから洗濯機を回すと、汚れが劇的に落ちるのだ。しかも、石けんの色がグリーンのため、こすりつけた部分がひと目で分かって便利なことから、ほかのものに変えたくなかったというわけだ。
「目からウロコが落ちる思いでした。部分洗いに使うなんて発想は、私たちにはありませんでしたから。とはいえ、当社がずっと汚れ落ちを第一に考えてつくってきたことがお客さまのニーズに合っていたことが分かり、それ以降は『部分洗い用石けん』として打ち出していくことにしたんです」
こうして、発売当初とは異なるアピールを展開したことが奏功。一度使った人の大半がリピートし、口コミがじわじわと広がって売れ行きは回復していった。そこへ拍車をかけたのがソーシャルメディアの普及だ。主婦のブログやSNSへの書き込みなどから、口コミが一気に拡散。ネット上に「ウタマロ、汚れ激落ち」「神石けん」といった言葉が躍るようになり、販売個数が急激に増えていった。
平成24年、同商品の好調を受けて新たに発売されたのが「ウタマロリキッド」である。ウタマロ石けんは弱アルカリ性で蛍光増白剤も配合されているため、白い衣類に効果を発揮する。しかし、色柄物に使うと色落ちする恐れがあり、デリケートな素材にゴシゴシこすりつけるのも心配だ。そんな弱点を補うために開発されたシリーズ新商品は、中性・無蛍光のため色落ちの心配がなく、液体なので生地にもよりやさしい。
「中小企業が生き残っていくには、新しい価値を提供していくことが必要。そこで、中性なのに弱アルカリ性並みの洗浄力を持つ製品をつくりたいと、ずっと思っていました。しかし、開発が思うように進まず、お蔵入りも覚悟していたのですが、3年の研究の末にようやく完成させることができました。おかげで今は、部分洗い用として白物には石けん、色柄物にはリキッドというように、すみ分けてアピールしており、どちらも好調です」と表情を緩める。
いかに客の期待を超えるものをつくれるかが売れ行きを左右し、会社の命運を握る。それを同社に教えたウタマロ石けんが、今後どのように進化し続けるのか楽しみだ。
会社データ
社名:株式会社東邦
住所:大阪府大阪市生野区巽東2-19-19
電話:06-6754-3181
代表者:西本博 代表取締役社長
創業:大正9年
従業員:41人
※月刊石垣2014年12月号に掲載された記事です。
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