野村甘露煮店
茨城県古河市
宿場町の名物料理を土産物に
関東地方を北西から東に流れる利根川と、その支流の渡良瀬川が交わる古河(こが)市。この地で野村甘露煮店は名物の鮒(ふな)甘露煮を代々つくり続けている。古河は、江戸時代には日光街道の宿場町としてにぎわい、北から江戸に向かう多くの旅人がここで足を休めたという。そのころ、街道筋にある一膳飯屋が地元の川で獲れる鮒の煮付けを出し始めた。それが同市の鮒甘露煮の原点だと伝えられている。
「私の曽祖父である初代の吉三郎が古河に出てきて、弟とともに一膳飯屋で修業しました。そして明治30(1897)年に独立。兄弟で店を始め、鮒の煮付けの製法や味に改良を加え、保存できるようにしたのが鮒甘露煮の始まりです。それを土産物として旅人たちに販売していくようになりました」と、四代目の野村則之さんは言う。6年後の36年に、初代・吉三郎はその店を出て自分の店を構えることになった。
その後も大正・昭和と鮒甘露煮をつくり続けるが、戦争に突入。二代目が戦地に行っている間も、初代夫婦と二代目の妻が細々と店を続けていた。二代目が戻り昭和30年代の高度経済成長期に入ると、庶民の生活が豊かになり、鮒甘露煮はお中元やお歳暮として売れるようになっていった。則之さんの父で三代目の利夫さんは昔をこう振り返る。「いい時代が続きました。バブルのころの繁忙期には、夜も寝ずに甘露煮をつくって、つくっただけ売れましたから」
年末は徹夜で甘露煮づくり
鮒甘露煮は尾頭付きであることから、お歳暮やお節料理に用いられることが多く、店は11〜12月にかけてがもっとも忙しい。この時期は毎日夜を徹してつくっても間に合わないほどだという。
「甘露煮はつくるのに約半日掛かるので、1日の製造量が限られる。バブルのころ、12月は予約でいっぱいで、お客さまが店に来てもお売りできる品物がない。店のシャッターを閉めて甘露煮をつくっていました。年末だけで1年の半分の売上がありました」 これだけ売れても、商品を他の店に卸すことはなかった。12月の繁忙期になると、その余裕がなかったからだ。「12月は忙しいから商品を卸せないけど、ほかの時期には買ってくださいなどというわけにはいきませんから」と利夫さんは言う。
しかし、バブルがはじけ、つくれば売れる時代は終わった。かつては市内に10軒近くあった鮒甘露煮店も、後継者がいないなどの理由で徐々に減少。今では4軒が残るのみとなっている。
「バブルが終わって売り上げが減り、さらに追い打ちをかけたのが、15年の霞ヶ浦のコイヘルペス騒ぎでした。鮒には感染しませんし、霞ヶ浦の鮒も使っていないのですが、同じ茨城県の川魚ということで風評被害がひどく、売上がガクンと落ちてしまいました。元に戻るのに数年掛かりました」
時代に合わせた商品を開発
則之さんは大学を卒業後、社会経験のために2年間だけ会社勤めをし、平成8年に店に戻って後を継いだ。
「幼いころからお前は後継ぎなんだと言って育てられ、中学のころにはもう店を手伝っていました」 則之さんもこれまでは、店に来た客に対して販売していくという方法を取ってきた。しかし、もっと多くの人に鮒甘露煮を食べてもらうためにも、これからは新たな挑戦をしていかなければいけないと、次を見据えている。
「甘露煮の製法や味という軸の部分は変えてはいけませんが、今の世代は鮒そのものを食べたことのない人がほとんどです。そこで、一昨年から鮎(あゆ)の甘露煮も始めました。鮎なら誰もが塩焼きで食べたことがあるので、まずは鮎の甘露煮を食べていただき、美味(おい)しければ鮒甘露煮も試していただけるようになる。また、普通の包装では1週間しか日持ちしないので、真空パックも始めました。これなら2カ月は持ちます。これからは川魚にこだわらず、海の魚や肉の甘露煮をつくることも考えています」 また、昔と違って一家族の人数が少なくなった。近所へのおすそ分けという習慣もなくなってきた。そのため、小分けで多種類が食べられるよう、鮒甘露煮に小魚や川エビのつくだ煮を詰め合わせた「遊水地シリーズ」も出している。
「うちの甘露煮はさっぱりとした甘さが特徴で、幸いなことに今の人の口にも合う味付けです。この伝統の味を守りつつ、新たなお客さまを開拓していきます。私の息子はまだ11歳ですが、もう後を継ぐつもりでいるようなので、息子のためにも今以上に商売を順調にしていかないとと思っています」
先祖が守ってきた鮒甘露煮を受け継ぐため、家族一丸となって挑戦を続ける。
プロフィール
社名:有限会社野村甘露煮店
所在地:茨城県古河市本町4-3-14
電話:0280-32-0882
HP:http://www.koga-kanroni.com/
代表者:代表取締役 野村則之
創業:明治36(1903)年
従業員:4名(家族)
※月刊石垣2016年12月号に掲載された記事です。
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