1875年に佃煮や漬物の製造販売で創業以降長らく“ごはんのお供”を食卓に届けてきた田丸屋本店。そんな同社が約10年の構想を経て、2018年に発売した「わさビーズ」が、製造即完売する好調な売れ行きを続けている。使い勝手の良さもさることながら、まるでビーズのような見た目が、料理シーンにも変化をもたらそうとしている。
洋食にも合うわさび商品で巻き返しを図る
「わさびは約400年ほど前に、私たち地元民が“安倍奥”と呼んでいる安倍川上流の有東木地区で栽培されるようになったのが始まりと言われています。以来わさびはこの辺りで、ご飯のお供として日常的に食べられてきました。いわばソウルフードですね」
わさび栽培のルーツをそう説明するのは、有東木地区のある静岡市葵区に本社を構える田丸屋本店社長の望月啓行さん。同社はわさび栽培発祥の地で、1875年に佃煮や漬物などの製造販売で創業した老舗だ。長年、わさび漬けを主力に事業を展開してきたが、現在は、わさびの加工品や調味料などを数多く世に出している。その中で今熱い視線を集めているのが、「わさビーズ」だ。
同商品はオイルと混ぜ合わせたわさびを、皮膜で包んだ新感覚の香辛料。噛むとプチっとした食感とともにツーンと辛みが広がり、風味はまさにわさびそのもの。しかも緑色のビーズのような美しい見た目が、料理のトッピングや飾り付けに重宝することから、2018年秋の発売以来、ずっと品薄の状態が続いている。
同商品を思い付いた背景には、漬物市場の縮小がある。食の多様化が進んで、1990年ごろをピークに消費量は減少の一途をたどり、わさび漬けの需要も減っていった。そこでわさびをもっと料理に幅広く活用してもらおうと、洋食にも合う商品の開発に力を入れた。
「わさびの辛味成分は揮発性のため、空気に触れると辛みが弱くなってしまいます。熱や水にも弱い。それで10年ほど前から、わさび本来の辛みや風味をそのまま味わえる方法を模索し始めたんです」
一度はとん挫したわさびのカプセル化をようやく実現
その一つの答えが、わさびのカプセル化だ。最初は地元企業の協力の下、オブラートの技術を応用してわさびを包み込もうと考えた。結局うまくいかず、開発はいったん棚上げされたが、3年ほど前に計画が再浮上する。人工皮膜でわさびを包むことが可能だと分かり、その技術を持つ企業も見つかったことから、開発を再開した。わさびの緑色をきれいに見せるため、海藻由来の天然成分を使った透明の皮膜で包むという方向性も決まった。
ただ、世にない商品だけに、細かい仕様を固めるのに苦労した。例えば、形だ。従来品のように食品の陰にひっそりと添えるわさびではなく、料理の上にトッピングしたり皿に飾り付けるなど、華やかさを引き立てるものにしたい。そこで見栄えと使い勝手を考えて、いくらと似た形状に落ち着いた。また、辛みを閉じ込めるには加熱に強いことが前提となるため、いくらより若干固い程度に皮膜を厚くした。食感はゼリーくらいの弾力があり、噛むとプチっと砕けて、わさびの辛みと香りが口の中に広がるイメージだ。
「けっこう悩んだのは、辛みのバランスです。辛過ぎても辛くなくてもわさびらしさを損なうため、いろいろ試した結果、3粒で寿司1貫にちょうどいい辛さに着地しました」
当初は、わさびの緑をより鮮やかにするために着色料を使用していたが、静岡県産のわさび使用と着色料不使用をコンセプトとしたため、使わないことになった。その結果、オイル自体に緑色を出すのに苦心したが何とか完成にこぎつけ、18年10月、業務用「わさビーズ」の販売を開始した。
「見ただけでは何なのか分かりにくい商品ですし、B to Bにも力を入れていく方針だったので、まずは飲食店などに提案しながら使ってもらおうと考えました」
一般向け商品の発売前にSNS上で拡散され話題に
業務用の発売後、イベントや試食会に積極的に参加してPRに努めた。見た目のインパクトを強みに、わさビーズを使ったメニューを提案したことなどが奏功し、「ぜひ売ってほしい」と多くの引き合いが舞い込んだ。予想以上の反響に、急きょ一般向け商品の年内発売を決定する。準備期間が2週間ほどしかなかったため、パッケージは既存商品の瓶を流用し、急ピッチで商品ロゴやラベルの作成を進める傍ら、発売に先駆けてツイッター上に予告を投稿した。
「もともとインスタ映えを狙った商品でもあるので、いくらとわさビーズを載せた軍艦巻きの写真を撮って投稿したところ、2~3日の間に『いいね』が1万5000ほど付き、リツイートも1万を超えました。発売前に予約を受け付けたら、生産量をはるかに超える数が来てしまい、慌ててストップをかけたほどでした」
同商品はSNS上で“ジュエルわさび”と話題になり、多くのフォロワーを持つインフルエンサー(影響者)によって拡散された。消費者の期待値が上がったタイミングで、同社直営店や地元の土産物店、ネット通販サイトなどで販売を開始した。案の定たちまち火が付いて、店舗に並べた商品はその日のうちに完売し、ネット通販でも売り切れの状況が今でも続いている。
「6月には製造ラインを増設して、生産量を倍増させる予定です。国内需要に対応するのが目的ですが、すでにマカオや台湾などからも引き合いが来ており、今後は海外需要の掘り起こしにも積極的に取り組んでいきたい」
同社はわさビーズのヒットを受け、今後はラー油や柚子胡椒、しょう油など、さまざまな調味料を皮膜で包んだシリーズ商品を増やしていく予定だという。そこにヒットを一過性で終わらせないという老舗企業の強い意思が垣間見えた。
会社データ
社名:株式会社田丸屋本店(たまるやほんてん)
所在地:静岡県静岡市葵区紺屋町6-7
電話:054-254-1681
代表者:望月啓行 代表取締役社長
設立:1950年(創業1875年)
従業員:80人
※月刊石垣2019年6月号に掲載された記事です。
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