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テーマ別企業事例 大繁盛店には理由がある 新発想で売る 今どきの小売店

事例4 菓子舗が描いた持続可能な新拠点「ラ コリーナ近江八幡」

たねや(滋賀県近江八幡市)

全国に和洋菓子店41店舗を構えるたねやグループが本拠地、近江八幡に平成27年、「ラ コリーナ近江八幡」(以下、ラ コリーナ)をオープンさせた。年間来客数200万人を超え、早くも滋賀県観光スポット1位になろうとしている。一企業が創造する未来図が、国内外から多くの人を引きつけてやまない。

ラ コリーナの「草屋根」と呼ばれるメインショップ。背後の八幡山と草屋根が調和する景観に、訪れた人の多くがカメラを向ける

広告、宣伝費はゼロ円 SNSで人気に火がつく

琵琶湖の東に位置する近江八幡は、織田信長亡き後に豊臣秀次が安土城下の商人らを移住させて開いたという歴史をもつ。江戸から明治にかけて全国に特産品を売り歩いた近江商人らの活動は、戦後「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方よしの精神として語り継がれるようになったが、「たねや」はそんな言葉が生まれるより以前からこの精神を持つ地元企業として知られている。

創業明治5年の歴史ある老舗菓子舗だが、歴史を守るだけではなく、平成27年に画期的な一歩を踏み出した。地元、八幡山の麓に約3万5000坪、甲子園球場3個分の土地に「ラ コリーナ近江八幡」をオープンさせたのだ。それも単なる新店舗ではない。高麗芝を葺(ふ)いた草屋根のショップや回廊、敷地の真ん中に広がる田んぼ、銅葺き屋根の本社などが点在する、懐かしくて新しい不思議な景観をつくり出している。設計は建築家・建築史家の藤森照信さんで、ランドスケープ・アーキテクトの重野国彦さんの協力のもと、誕生した風景に、多くの人が歓声をあげ、写真を撮り、SNSで発信する。広告費をかけることなく、瞬く間に年間200万人が訪れる観光地と化した。

ラ コリーナ開設のきっかけを十代目当主であり四代目たねや代表取締役社長、たねやグループCEOの山本昌仁さんはこう語る。

「ここは滋賀厚生年金休暇センターの跡地です。これほど大きな敷地で展開するのは、わが社にとっても初の試みでした。これだけの土地があれば大きな工場を建てて生産設備を集約させることも、多くのショップを並べることも可能です。しかし、目先の収益ありきで景観を無視した商いは、将来につながりません。父である先代社長も私も、近江八幡を世界中から来てもらえる場所にしたいという長年の思いに従い、実行しました」

その言葉通り、敷地の一等地ともいえる中央部に大きな田んぼを設け、カステラショップやフードガレージ、今年オープンしたギ フトショップがゆったりと建つ。地元の学生や社員総出で米づくりをし、棚田は一部、一般客用に開放、たいまつフェスなど地元と協力した伝統や文化、自然を感じるイベントも盛んだ。

働きやすい環境が育むうそのない商い

オープンの翌年、本社もこの地に移転した。

「本社とは本来黒子なのかもしれませんが、自分たちが心地いい場所をつくれずして、訪れる人が心地いいと感じる場はつくれません。本社内は一般公開していませんが、自然素材を使った開放的な空間で、敷地内を一望できます。固定席のないフリーアドレスで、デスクワークより敷地内を歩くことを奨励しています。店舗スタッフやお客さまと関わることで、ヒントを得られることは多いです」

社員の7割が女性のため、16年には食育を意識した保育園を開園した。半日勤務を実践するなど、女性が働きやすい職場環境にも力を入れている。

「30年前は1店舗10人程度の家族経営でした。それが2000人近い大所帯となり、一時は自分の持ち分だけやればいいという縦割り組織にも陥りました。人任せではなく、個々の社員が今日、明日、自分ができることは何かを考え、行動できる体制に少しずつ改善していったんです」

接客マニュアルはなく、目の前の客一人一人に寄り添う接客を心掛ける。それがラ コリーナのインパクトある建物やおいしい商品だけではない魅力につながっている。

「箱より大事なのは中身ですが、昨日、今日で育つものではありません。マニュアルも上司の指示もありませんが、わが社には『末廣正統苑(すえひろしょうとうえん)』という経営哲学というより生き方そのものについて先代がまとめた書があります。それを社員が携帯しますが、読むことを強制はしません。言われたからやる、それでは自分の心にうそをつくことになります」と山本さん。自分がおいしいと思っていない商品は勧めなくていいとさえ言い切る。

「うそをつかないことは生産現場でも同じです。原材料も国内外問わず生産地に足を運び、選び、公開しています。そして生産者にも店舗に来てお菓子を食べていただく。おいしいと思ってもらえたら、お互いにつくる喜びになり、自信になり、信頼関係になっていきます」と一切ごまかしがない。

誰一人取り残さない高い理想を現実にする

素材を育む気候や風土を、ないがしろにしてはおいしいお菓子はつくり得ない。それがたねやの「自然に学ぶ」という謙虚な姿勢につながり、生産者や商品を買う客に対する感謝へと通じている。

「人の道にそれていないかどうかを問い、素直に商いをし続ければ、結果はおのずとついてきます」

それを裏付けるように、ラ コリーナの今年の来客数は230万人を突破し、来年には県内一の観光スポットになる見通しだ。だが、慢心してはいない。毎年必ず1つは新しい何かをつくり、訪れるたびに新鮮な発見がある、変化し続ける場であることを明言する。

企業全体も進化するべく、現在、同社では国連で採択された「SDGs」(持続可能な開発目標)を経営指針に活動をしている。

「『誰一人取り残さない』というその理念に強く共感しました。これまでやってきたこと、これから必要なこと全てに通じています」と、山本さんは企業内にとどまらない社会貢献活動にもこの精神を注ぐ。

山本さんはまちづくりの推進に向け、近江八幡商工会議所や観光協会などが発起人となって25年に設立した「株式会社まっせ」の代表取締役社長を務める。27年には次世代のリーダーのグローバルコミュニティーを創造する「一般社団法人 NELIS」の共同代表として、世界36人の社会イノベーターを招き「次世代リーダーサミット」を近江八幡で開催した。一企業の枠を超えた地域貢献が、地域になくてはならない企業へと、同社の可能性を拡大させている。

会社データ

社名:株式会社たねや

所在地:滋賀県近江八幡市北之庄町615-1

電話:0748-33-6666

HP:http://taneya.jp/

代表者:山本昌仁 たねやグループCEO

従業員:約1,800人

※月刊石垣2017年12月号に掲載された記事です。

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