過剰な情報はしばしば混乱を招き、行動の優先順位を狂わせる。新型コロナウイルス災禍の今日、経営者が優先すべきは「大切なもの」の再確認と、それらを守るための「経営資源」の維持・強化にほかならない。
大切なものとは「顧客」「従業員」「取引先」「地域社会」であり、経営資源とは「人」「モノ」「カネ」「情報」。これら8つの視点から、この未曽有のピンチを乗り切り、チャンスに変えるための経営者が取るべき行動を提案する。
笹井 清範(ささい・きよのり)
『商業界』元編集長
1 「顧客」の抱く〝不〟の再確認
現代経営学の父と呼ばれたドラッカーの言葉にあるように、経営の本質は「顧客の創造」にある。具体的には、顧客の抱える不満・不便・不自由といった‶不〟を解消する営みをいう。
今こそ、顧客がいかなる‶不〟を抱いているかをあらためて確認するときである。在宅率が高まり、日中でも連絡が取りやすい今こそ、日ごろお買い上げいただいているお客さまとのコミュニケーションを深めるチャンスだ。SNS、電話、チラシ、手紙など接触を必要としない方法はいくらでもある。
‶不〟を解消するヒントは、お客さまのご意見の中にこそある。自社が今できることの中に、少し視点を変えれば顧客との絆を深められる一手は必ずある。この危機で深まる絆ほど強いものはない。
2 「従業員」への物心両面の支援
顧客と同等に大切な存在が、顧客との接点を担う従業員だ。彼らが物心両面で充足していない事業が、真の顧客満足を生みだすことはあり得ない。
営業継続によるコロナ感染のリスク、時短営業や休業による就労機会と給与の喪失など、不安に悩む彼らへの物心両面にわたるサポートこそ、コロナに克(か)つために欠かせない対策である。上海交通大学海外教育院の李啓華講師の調査によると、危機が先行した中国では、自宅待機中の社員に定期的なコミュニケーションを取り続けた企業ほど、その後の業績回復が顕著だという調査結果がある。
また、優秀な人材ほど今の職場に見切りをつけて離職するのが過去の危機に共通する特徴である。人材を大切にしている企業にとって、今は採用のチャンスといっていい。ポストコロナに飛躍するためにも採用活動はやめてはならない。なぜなら従業員とは経営コストや景気の調整弁ではなく、価値創造と‶不〟の解消の担い手だからである。
3 「取引先」との価値の共創
自社が困窮しているように、取引先も苦しんでいる。平時では見落とされていた事業チャンスを取引先と一緒になって考え、双方が生き残るための方策を共に創造することが非常時ならばできる。
また、新たな取引先と出会うチャンスでもある。顧客の‶不〟の解消に取り組むという視点に立てば、今後有望な事業の種とそのパートナーを見出す確率は高まる。
このとき重要なのが「取り組み」という視点だ。利益をめぐって対立する「取引」ではなく、同じ目的に向かって協働する関係に立つチャンスとしよう。誰かが損を被る商いから、危機を脱する事業は生まれるはずもない。
4 「地域社会」との連携
あらゆる事業は地域社会との共存を前提にしてこそ繁栄する。地域の事業者、生活者、自治体や商工会議所は地域社会の大切な構成要員だ。童話ではないが、幸せの青い鳥は案外近くにいるもの。この危機を青い鳥を見つける好機としたい。
地域の繁栄あってこその自社の繁盛である。同じ地域で生きる他者と力を合わせ、互いの得意領域を提供しあえば、自社だけでは成しえない事業ができるはずだ。そのとき重要なのはギブ&テイクの精神。いや、ギブ&ギブくらいがちょうどいい。災害の多い日本には昔から「困った時はお互いさま」という美徳がある。
5 「人」を守るBCPの策定
2009年の新型インフルエンザ、11年の東日本大震災など、程度の違いはあれど、危機はこれまでに何度もあった。そのたびに必要性が叫ばれたのがBCP(Business Continuity Plan=事業継続計画)の整備である。
その構築策については専門家に譲るが、非常時である現在を記録し、試行錯誤を繰り返しながら整備に努めたい。たとえば、今回の新型コロナウイルス対応で注目を集めているのが、自衛隊病院の危機管理能力の高さだという。その理由は、日ごろからの基本の徹底にあると関係者はいう。
危機はこれからも何度もあるだろう。BCPの構築は経営者の最優先事項の一つであり、その目的は関わる人たちを守る点にあることを忘れてはならない。
6 今必要な「モノ」と将来必要な「モノ」
顧客の‶不〟を解消するための商品・サービスの見直しは、二つの段階に分けて行いたい。第1には‶現在〟求められる商品・サービスの提供だ。自社ができること、やるべきことを洗い直し、目の前の‶不〟の解消に努めよう。このとき、拙速は巧遅に勝る。また重要なのは、あくまで適正価格を守ることである。
第2には、事業の‶将来〟につながる商品開発と事業モデルの構築である。パンデミックという緊急事態は経営危機であると同時に、改革の好機でもある。いわばもう一つのBCP、すなわちビジネスチャンスプランと捉え、ポストコロナでも強みを発揮できるモノを見つけ、磨きたい。
そして、そのヒントは今このときにある。事例で示したように、実店舗の強みを生かしたオンライン販売の強化、異業種との協業などはポストコロナにおいても大きな可能性を秘めている。
7 事業の 血液 「カネ」の確保
持続化給付金などいくつもの新型コロナウイルス感染症対策支援が、各省庁、関連機関、自治体などから随時提供されている。資金繰りはもちろん、設備投資・販路開拓、経営環境の整備など活用の範囲は広い。
事業の目的はカネではないが、カネがなければ目的は果たせない。それゆえに事業の血液と言われるカネの確保は急務だ。今こそ地域の商工会議所をフル活用したい。事業支援のプロから得られる有益なアドバイスは何よりも貴重だ。
8 「情報」把握で大切な基準と優先順位]
人、モノ、カネ以上に今日の経営において「情報」は重要である。正しい情報だけが正しい行動を生む。その正しい情報は正しい視点からのみ得られる。
表では、経営という営みを9の観点に分け、二つの基準を対比させている。たとえば、経営目的を「利(損得)」に置くのか、「義(善悪)」を優先するのか、と見てほしい。
「パンデミックという深刻な危機に直面した今こそ‶他者のために生きる〟という人間の本質に立ち返らねばならない」と、フランスの経済学者・思想家のジャック・アタリ氏は語っている。つまり、利他主義こそポストコロナ時代のキーワードとなる。
そのとき、表の右側の視点で情報を判断し、行動することがピンチをチャンスに変える糸口になるだろう。
明けない夜はないし、夜明け前が一番暗いものだ。新型コロナウイルスを克服するための最強の道具は、経営者自身の精神と肉体の健全さである。そして、健全な精神は健全な肉体に宿る。新型コロナウイルスが図らずも与えてくれた時間を、そのために使っていただきたい。
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