二つの世界遺産があり『源氏物語』の舞台にも
高級茶の代名詞にもなっている「宇治茶」の産地として有名な宇治。千年の時を超えて流れる宇治川を中心とした美しい景観と、1994年12月にユネスコの世界遺産に登録された「平等院」「宇治上神社」を有する地としても知られている。この世の極楽浄土として造営された平等院、現存するわが国最古の神社建築である宇治上神社本殿をはじめ、数多くの歴史的、文化的遺産に恵まれる。
宇治川沿いの旅館、花屋敷浮舟園の取締役会長で、宇治商工会議所の山本哲治会頭は「宇治川は子どもの頃の遊び場でした。川のほとりに立つと、不思議と心が落ち着きます」と目を細める。「宇治川から見た上流の景色は何とも言えません。一年中趣がありますが、二人の女性鵜匠を中心に、手綱さばきも鮮やかな匠(たくみ)の技を披露する夏の風物詩、宇治川の鵜飼(うかい)は格別です」と語るように、宇治川は地域のシンボル的存在のようだ。
宇治は、平安時代には、宇治川を中心とする風光明媚(めいび)な景観と都の郊外という条件から、平安貴族の別業都市(別荘)となっていた。今では寺として知られる平等院も、元々は貴族である藤原道長の別業を平安時代後期、1052年に子で宇治関白、藤原頼通が寺院に改めたものだ。10円玉に選ばれている鳳凰堂は、その翌年に阿弥陀堂として建てられ、仏師定朝(じょうちょう)の作になる阿弥陀如来坐像が安置されている中堂と、左右の翼廊、背面の尾廊で成り立っている。大屋根には鳳凰が飾られ、内部は絢爛(けんらん)な宝相華文様や極彩色の扉絵で装飾されている。鳳凰堂の前には池を配した庭園(史跡・名勝)が広がり、西方極楽浄土を現している。創建当初は、宇治川や対岸の山並みを取り入れて借景とし、各地の寺院造営に影響を与えた。
一方、宇治上神社は、明治時代までは、隣接する宇治神社と二社一体で離宮上社と呼ばれていた。祭神は、応神天皇とその皇子・菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)および兄の仁徳天皇とされている。境内正面の拝殿は鎌倉時代初頭のもので、寝殿造の様式を伝えている。本殿は平安時代後期に建てられ、ともに国宝に指定されている。また境内に湧く桐原水は、室町時代に定められた宇治七名水のうち、唯一現存するものである。
そして、ある時は戦乱の舞台として、またある時は文化の中心として、日本の歴史とともに歩んできた。『日本書紀』や『万葉集』『平家物語』に登場したほか、『源氏物語』宇治十帖の舞台にもなり、数々の文学や詩歌も生まれている。
宇治茶は800年前に僧侶によって伝えられた
宇治までは、JR京都駅から約17分、JR大阪駅から約45分のアクセスだ。京都府の南端に近く、京都盆地の東南部に位置し、京都市や滋賀県大津市などと接する。古くから、政治的にも重要な位置にあった。
大和政権がようやく基礎を固めつつあった5世紀前半、応神天皇の後継を巡って、兄の仁徳天皇に皇位を譲るため、自ら命を絶ったと伝えられる菟道稚郎子の離宮が、現在の宇治上神社・宇治神社の辺りにあったといわれている。
宇治は、京都と奈良および東国を結ぶ主要道が通過し、また急流の宇治川に宇治橋が架けられていたことにより、古くから交通の要衝として開けてきた。
7世紀中頃に宇治橋が架けられた後は、奈良・京都・滋賀を結ぶ水陸交通の要衝として、重要な役割を果たすようになった。平安時代には栄華を極めた藤原氏の別荘地として、華麗な王朝文化を花咲かせ、極楽浄土をこの世に具現しようとした平等院鳳凰堂は、その象徴として今もなお往時の姿をとどめている。
貴族社会から武家社会への移行期には、源(木曽)義仲軍と源義経軍による合戦があり、その一場面は「宇治川の先陣争い」として後世に伝えられている。その後も戦国時代にかけて、宇治川の周辺では幾多の戦乱が繰り返され、日本で初めて自治を実現したといわれる「山城国一揆」や室町幕府の終焉(しゅうえん)につながる槇島(まきしま)城の戦の場にもなった。
鎌倉時代になると、宇治茶が栂尾(とがのお)にある高山寺の僧侶・明恵(みょうえ)によって中国・宋から宇治に伝えられ、栽培が始まったといわれている。これが日本茶の始まりとされており、今から800年前のことだ。
室町時代には茶園が開かれ、その後、織田信長や豊臣秀吉などの庇護(ひご)を受け、その産地として名声を上げる。江戸時代には、宇治茶師が登場し、行列をつくり江戸へ徳川将軍家御用達の茶を献上する「お茶壺(つぼ)道中」が毎年行われるなど、高級茶の地位を確立し、今に至っている。
地域団体商標と日本遺産の認定
「宇治川がつくり出す気候が、この宇治茶の文化を育んできました。宇治は伝統や文化、宇治茶の香りが継承されているまちです」と、山本会頭は宇治の魅力に自信を持つとともに、宇治茶を誇りに思っている。
なぜ、宇治に茶が植えられたのか。
宇治茶伝道師(※)である、宇治商工会議所の小山茂樹副会頭によると、「琵琶湖から流れ出た宇治川がもたらす肥沃(ひよく)な土壌と豊かな水が、宇治に茶が植えられた一番の理由だと考えられます。そして、昼と夜の寒暖差が生み出す宇治川から立ち込める川霧は適度な湿気を含み、茶の新芽にとって大敵である霜を防いでくれることも大きい」という。
宇治の茶園での茶摘み前に覆いを施す、覆下(おおいした)と呼ばれる栽培方法や、「宇治茶製法」と呼ばれるお茶のつくり方などが、宇治茶のおいしさの鍵を握る。このような地勢と人々の技術の積み重ねによって、宇治が茶の名産地となったのではないだろうか。
宇治茶の価値は誰もが認めるところだ。高いブランドとしての証しの一つは、地域団体商標として登録されていることだろう。宇治茶は、京都府、奈良県、滋賀県、三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上げ加工した緑茶と定義されている。
もう一つの証しとして、「日本茶800年の歴史散歩~京都山城」が、2015年に文化庁が認定する日本遺産に選定されたことが挙げられる。京都府南部8市町村(宇治市、城陽市、八幡市、京田辺市、木津川市、宇治田原町、和束町、南山城村)の京都山城にあるお茶に関係する文化財によって、宇治茶800年の歴史をストーリー化したものだ。「地域に伝わる有形無形の歴史や文化を一つの物語としてまとめたものです。茶園風景や手揉(も)み製茶技術、茶問屋の古いまち並み、製茶ゆかりの寺社、記念碑など26の文化財で構成されています。点ではなく、線でつないで訪れていただくことで、宇治茶の歴史がよく分かります」と、山本会頭、小山副会頭は口をそろえ、お茶を活用した広域での観光振興にも余念がない。
(※)宇治茶の魅力を日本の内外に発信するため、京都府知事が委嘱している
販路開拓に尽力台湾からの受け入れも
商工会議所は、地域活性化を目的に、宇治茶を中核に据え、国内のみならず、地域産品の海外への展開にも力を入れている。
海外販路開拓の一端を紹介すると、13年から6回にわたる台湾での京都府物産展のほか、19年1月には、米国西海岸地域でも京都フェアを開催。交流関係では12年からワーキングホリデー受け入れ支援事業などを実施している。
商工会議所公認のご当地キャラ「チャチャ王国のおうじちゃま」も海外販路開拓に一役買っている。 チャチャ王国のおうじちゃまは、いつも抹茶の味がするおちゃぶり、いわゆるおしゃぶりをくわえ、宇治茶の魅力をPRするキャラクター。全国ゆるキャラグランプリ2014で全国5位に入賞するほどの人気を誇っている。
今までも地元イベントなどで活躍してきたが、18年10月に台湾で104店舗を展開する仏系スーパーで開催した京都フェアで海外デビュー。宇治茶・抹茶菓子・調味料など各メーカーこだわり食品の売り上げは、おうじちゃまグッズも含め、全店で約1億円を達成している。また老舗茶商の宇治抹茶などを販売する海外公式ショップも台湾2店舗、中国1店舗オープンし、連日にぎわいをみせている。
ワーキングホリデー受け入れ支援事業では、商工会議所が橋渡しし、現在までに台湾からの10人を市内の旅館や土産物店で受け入れている。受け入れ生は母国語や英語を生かした接客や、海外企業との間に起きた商標トラブルの際には現地の状況把握などで活躍した。そのうち5人が市内での就労につながり、1人は帰国後に台湾で起業し、宇治抹茶を使用したスイーツや飲み物を提供する店舗を開業している。
また、観光面、特にインバウンド関係では、香港やタイ・バンコクでの観光プロモーション、商店街や観光協会と連携したおもてなしセミナーの開催、外国人観光客販売支援ツール開発などに取り組んでいる。
外国人観光客販売支援ツールとしては、免税店申請・販売、多言語メニュー・プライスカード、多言語接客会話シートなど、インバウンドの接客に役立つ支援ツールをつくり、ウェブ上で提供している。多言語での提供、オープンソース化といった、小規模事業者の手が回らないインバウンド対策を講じた点などが評価されて、2018年度全国商工会議所きらり輝き観光振興大賞・奨励賞を受賞している。
滞在時間延長につなげる「宇治茶漬け」の開発
商工会議所をはじめ、地域を挙げて、宇治茶の伝統に革新を加え、挑戦し続けている。
「宇治茶のブランド化を一層図っていきたい。そして、宇治を訪れる人を増やし、お茶のまち・宇治にさらに観光客を呼び込み、交流人口を拡大させたい。リピーターも欠かせません。そのために、宇治での滞在時間を延ばしていただけるよう努めていく」と、山本会頭は今後の展望を語る。
その滞在時間の延長、消費額の拡大に向け、「宇治茶漬け」に期待がかかる。食べる宇治茶をテーマに、宇治茶を使うこと、宇治茶に合う食材を使用することの定義にのっとって開発されるメニュー。このご当地グルメが18事業者によって提供され、評判は上々だ。
お茶を活用した積極的な取り組み。地域資源は十分そろっているが、それに甘んじてはいない。次はどんな展開があるのだろうか。宇治は住民が誇りに思い、訪れる人たちに上質な時間を提供する、決して飽きさせないまちである。
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