3月中旬、英国は、中国が設立を目指すアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を表明した。英国の決断は、最も親密な同盟国である米国の意向を振り払ってでも、経済的な実利を狙おうというものだ。その決断の意味は決して小さくはない。英国に追随して、ドイツ、フランス、イタリア、さらには韓国、オーストラリアなどが雪崩を打って新銀行への参加を表明したからだ。この一連の動きを、単に米国の国際的な発言力の低下とみるのは、必ずしも適切ではない。20世紀の米国一極体制が崩れ始め、中国やロシア、さらにはドイツを中心としたユーロ圏など、いくつかの〝核〟が存在する多極化への構造変化と捉えるべきだ。
2013年、中国はAIIB創設を提唱した。その背景には、高度経済成長を基礎にして〝世界の工場〟の地位を確立した中国が、金融分野でも、覇権国である米国に対して明確な対立軸をつくる狙いがあった。もともと、アジア地域のインフラ投資に関する金融機能は、1966年に米国とわが国が中心になって立ち上げたアジア開発銀行(ADB)が果たしていた。それにもかかわらず、あえて中国がAIIB創設をもくろんだのは、基軸通貨であるドルをベースにした米国主導のADBや国際通貨基金(IMF)、さらには世界銀行が存在感を示す世界の金融体制を崩し、中国自身が強い発言力を発揮できる新しい金融のシステムをつくり出すことに狙いがある。
足元の世界経済は、全体として供給能力が需要を上回っている。そのため、わが国や欧州諸国、さらには米国や中国でもデフレ懸念に苦しんでいる。その結果、主要国は自国の過剰供給能力を満たすため、海外への輸出に活路を見いだそうとしている。具体的には、自国経済を刺激するための金融緩和策によって自国通貨が弱含みに向かうことを容認し、輸出振興を狙っている。そうした状況を考えると、世界経済の成長力の中心ともいわれるアジア地域への輸出は重要だ。同地域の発電所や鉄道などのインフラ需要をしっかりとつかむことは、主要国にとって喫緊の課題なのである。
今後、中国は余った生産能力を使って、他のアジア諸国、さらには次の発展地域と見込まれるアフリカ諸国へと輸出を拡大するだろう。中国政府がそれを後押しするためにも、AIIB創設の意味は大きい。そこに、欧州諸国などが、アジア市場や中国の豊富な資金などを狙ってAIIBに参加する。米国の主要な同盟国である英国やドイツ、フランス、イタリアなどが、安全保障上の要素よりも経済的な実利を目指して中国陣営に誘引されたのである。
実際、AIIBが創設されると、運営に関わる決定は、基本的に出資比率に応じた投票権に依存するだろう。現在の状況では、中国が40%前後の出資となる一方、欧州諸国は10%に満たないはずだ。AIIBは理事会を常設しないと報道されていることから、圧倒的に中国の発言力は強くなる。そうした状況の下、アジア諸国や欧州諸国が、どれだけ実利を取れるかは未知数である。期待したほど享受できないとなれば、参加国の関心は次第に薄れることも考えられる。中国の運営能力は注目されるところだ。
一方で、中国主導の対米対立軸ができることは、ある意味では歴史の必然だろう。世界の歴史を振り返ると、覇権国として君臨でき得る期間は限られてきた。米国とて、永久に世界の頂点に立ち続けることはできない。問題は、そうした構造変化がスムーズに展開するか否かだ。そのプロセスに無視できない摩擦が生じるようだと、世界的に武力による抗争や対立、実体経済への弊害、さらには金融市場の混乱などが発生することが懸念される。わが国としても、世界情勢の変化に対して敏感に反応する必要がある。
また、経済的な実利を狙ってAIIBに参加する英国、ドイツなどの欧州諸国は、どこかで明確な倫理観を示すことが求められるはずだ。それらの要素が上手くかみ合わないと、構造変化の過程で大きな混乱が生じる可能性もある。今後の展開には十分な注意が必要だ。