事例2 「注目の里山観光」が地域資源に
南信州観光公社(長野県飯田市)
長野県飯田市を中心とする飯田下伊那地域は、長野県内10圏域の中でも入込(来訪)客数が少なく通過型観光が主体の地域だった。飯田市は平成7年、通過型から滞在型の観光地への転換を目指し、体験教育旅行誘致を決めた。それから20年が経過しノウハウを十分に蓄積、社員教育旅行にまで範囲を広げようとしている。
「本物の体験」に教師が感動
飯田市が体験教育旅行に着目したのは、他の地域に比べて目玉となる観光資源に乏しいためだった。しかしそれは逆に観光地として開発されていない、豊かな自然の中の暮らしがあることも意味していた。市は都会の子どもたちに農家の生活を体験してもらうことが地域活性化の核になると捉えた。一方で、生徒を送り出す学校側は農業体験を組み込んだ修学旅行は食育という教育的要素を含み、農村という異文化への接触が子どもたちを成長させると考えた。
誘致決定の翌年、首都圏の中学修学旅行生およそ100人が市内の千代地区を訪問した。農家の人たち30人ほどが出迎え、「五平もち」づくりを教えた。学校側は目を輝かせてもちづくりに熱中する生徒の姿に手応えを感じ、「次回は農家に一晩泊まりたい」と申し入れた。
市は申し入れを受けて農家に受け入れを依頼。平成10年に初めての農家民泊が実現した。その成功から飯田下伊那18市町村全域で誘致事業を展開する構想が生まれた。そして13年1月、18市町村の出資(現在は合併により14市町村)による第3セクター方式の株式会社「南信州観光公社」が設立された。その現場責任者の支配人に就任したのが、最初の中学修学旅行生を送り込んだ旅行会社で教育旅行担当をしていた高橋充さんだ。
「それまでの農業体験は体験館のような施設で行っていて、体験内容も100人の生徒に対して4、5人で対応できる範囲のものに限られていました。ところが千代地区の人々は30人も集まってくれて、五平もちをつくりながら農家の生活をいろいろ語ってくれた。その『本物の体験』に生徒も喜んだのですが、それ以上に先生が素晴らしいふれあい交流ができたと感動してくれました」
その後、農家民泊をさらに充実させるため農林業体験プログラム、味覚体験プログラム、アウトドアアクティビティプログラムなど約180本(27年現在)にのぼる「本物の体験」が企画された。それが都市と農村の交流が地域活性化に役立っていると評価され、15年度「第1回オーライ! ニッポン大賞」グランプリ(内閣総理大臣賞)を受賞。17年度には「第12回優秀観光地づくり賞」金賞(総務大臣賞)と「第1回エコツーリズム大賞」優秀賞を受賞した。
この成功によって他の自治体からの視察が相次いだ。それはライバルに手の内を明かすことになるが高橋さんは気にしていない。
「教育旅行市場全体で考えると、学校に農家民泊、本物の体験ができることを知ってもらうこと、いろいろな地域で受け入れ体制が整っていることの方が重要なのです。それにより南信州を訪れる学校も増えるでしょう。逆に地域が限られると受け入れられる学校数も限られてしまい市場が広がらないのです」
民泊農家の拡大が課題
体験教育旅行の受け入れ状況を数字で見てみよう。市が27年に公表した「飯田市観光振興ビジョン」によると20年の学生団体数は116団体1万7000人・一般団体数300団体8500人だったのに対し、24年は学生107団体1万4500人・一般180団体3800人、25年は学生96団体1万2000人・一般260団体6500人と「微減傾向」にある。これは修学旅行シーズンに当たる5-6月の日程の設定が学校側の要望により6週間ほどの幅から4週ほどに短くなったこと、継続して利用した学校が新たな方面を検討したことなどの要因が重ったためと「飯田市観光ビジョン」では分析している。
「この傾向が続くのか、回復に向かうのかはしばらく様子を見る必要がありますが、プログラムを見直す一方で普段の仕事や生活を犠牲にして受け入れてくれている農家の方々の負担を軽減しなければ長く続けることができません。そこで受け入れ先を多くの地域に広げる交渉を続けています。これも14市町村の出資を受けている公社という立場だからできることです。現在は14市町村の約400家庭が受け入れを表明しています。地域にもたらす経済効果は4億円にのぼるという試算もあります」
今後は企業研修に力を入れる
では外国人旅行者の受け入れはどうか。「ビジョン」では誘客促進と受け入れ環境の整備を掲げている。具体的には長野県が行う国際観光推進事業と連携した海外向けの観光プロモーション活動、国際交流推進団体などとの連携による外国人旅行者の受入態勢の整備、外国人旅行者受け入れのためのインフラ整備などを検討課題に挙げている。これらは喫緊の課題というよりは39年に開業予定のリニア中央新幹線をにらんでということになりそうだ。
それよりも今は「体験型企業研修」に力を入れたいと高橋さんは言う。「新入社員というよりは入社5年目あたり以降の社員に体と心を動かす『本物の体験』をしてもらうことで、社員のモチベーションを高める効果が期待できます」
企業では中堅社員に海外研修を受けさせて固まった頭の凝りをほぐそうとの試みが増えているが、実は身近な場所でも同等以上の成果が期待できるのである。このことに企業の研修担当が気が付けば、南信州は新たな観光資源を獲得することになるだろう。
会社データ
社名:株式会社南信州観光公社
住所:長野県飯田市育良町1-2-1
電話:0265-28-1747
代表者:高橋 充 代表取締役社長
従業員:4人
※月刊石垣2015年7月号に掲載された記事です。
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