今のところ、世界経済はそれなりに安定感を維持している。世界経済の牽引役である米国が、個人消費を中心にしっかりした足取りで少しずつ上昇しているからだ。足元の世界経済の状況を分析すると、世界的に人手不足の状況が浮かび上がる。そうした状況を反映して、給与水準は上昇傾向をたどっているため、世界の主要国ではモノの売れ行きは相応のペースを保っている。家計部門の消費意欲が底堅いこともあり、世界的に非製造業部門の景況感はしっかりしている。
一方、製造業の景況感は世界的にやや軟化している。その背景には、自国産業を優先するため、他国からの輸入に高関税率を課するトランプ米大統領の動きがある。米国が関税率を引き上げると、当然、中国などの対象国は対抗措置を取る。米中が互いに関税率を引き上げると、世界的なモノの移動に支障が出る可能性が高い。そうなると、これまでグローバル経済にとって最もメリットがあった、中国などを中心にした世界的なサプライチェーンの機能が低下することになる。さらに、貿易摩擦が拡大すると、グローバルなサプライチェーンが寸断されることも考えられる。その動きは、世界経済の先行きに無視できない影響を与える。米国と中国の貿易摩擦は、基本的にITなど特定分野における“覇権国争い”で、簡単に解決するとは考えにくい。むしろ、今後の米中の交渉次第では世界経済の先行きへの不安は高まりやすいと考えるべきだろう。
足元のグローバルPMI(購買担当者景況感指数)を見ると、総合(製造業+非製造業)のPMIは趨勢としては低下しているものの、依然として50を上回っている。世界経済全体では、少しずつ上昇過程をたどっているといえるが、PMIの中身を詳しく見ると、非製造業の景況感が改善傾向を維持していることが下支えの役目を果たしていることが分かる。非製造業の景況感を支えている最大の要因は、世界的な人手不足だ。労働市場の逼迫感は高まり、賃金に上昇圧力がかかりやすい状況が続いている。賃金が緩やかに上昇していることが財布のひもを緩め、外食など非製造業の業況を下支えしていると考えられる。
ところが、製造業の景況感はむしろ悪化している。5月には世界の製造業PMIが50を下回り、中国を筆頭に、ユーロ圏などで製造業の景況感悪化が鮮明化した。これに大きな影響を与えているのが米中の貿易摩擦で、これまで〝世界の工場〟として力を発揮してきた中国経済の地位が低下している。大手企業は制裁関税を逃れるために生産拠点を中国から他の新興国へ移し始め、それが世界的なサプライチェーン網の機能不全化につながって、世界の製造業の足かせとなっている。
非製造業の好調さのみによって、世界経済の回復が維持できるとは考え難い。製造業は人々が欲しいと思う商品を生み出し、それによって社会全体の経済活動が活発化し雇用や賃金も増加する。製造業の景況感が悪化していることを考えると、今後の世界経済の先行きは慎重に考える必要がある。重要なポイントは米中の貿易摩擦の動向だ。再度、両国の摩擦が激化する可能性が軽視できない上に、中東のホルムズ海峡では米国とイランの緊張感が高まっている。世界経済が安定感を維持するには、減速著しい中国経済の動向が重要な指標だ。景気刺激策の効果で中国の景況感が上向けば、世界経済の先行き不透明感は幾分低下するだろう。それが難しいようだと、製造業から非製造業へ、徐々に世界全体で景況感が悪化する恐れがある。
ここへ来て、中国から生産拠点を移す企業は増えている。それは世界的なサプライチェーンに大きな構造変化が始まったことを示唆する。短期間でサプライチェーンの再編が終息し、製造業の景況感が上向く展開は見込みにくい。世界の主要国が抱える債務問題、地政学リスク、政治などリスク要因の増大とともに、世界経済のモメンタム=勢いは徐々に低下する恐れがある。そのリスクは頭に入れておくべきだ。
最新号を紙面で読める!