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テーマ別企業事例 事業継承待ったなし! M&Aか? 後継者マッチングか?

事例2 事業承継M&A―売り手側はのれんを残し買い手側は新たなビジネスを展開

ケービックス(群馬県前橋市)

群馬県庁庁舎31階にある日本料理「くろ松」

人材派遣や職業紹介、システム開発、ビルメンテナンスなど、総合アウトソーシング事業を全国展開するケービックス。同社は一昨年、前橋市内で老舗日本料理店「くろ松」を運営する邦堂を買収した。当初、邦堂経営者がM&Aに抱いていた負のイメージを払拭(ふっしょく)し、短期間で事業承継にこぎつけた決め手とは―。

金融機関の助言で廃業からM&Aでの事業承継にシフト

帝国データバンクによると、後継者不在に悩む国内企業は全体の約66%に上る。群馬県における比率もほぼ同様で、実に県内の3分の2の企業がこの問題に直面しているといえる。

日本料理の全国大会で優勝経験のあるベテラン料理人、篠原邦也さんの経営する邦堂もその一つだった。同社は前橋市で日本料理店「くろ松」やケータリングサービスなど4店舗を運営してきたが、篠原さんも年齢が70代となり、事業継続に限界を感じるようになった。

「邦堂の行く末を考え始めたのは、東日本大震災がきっかけです。今までは何とかやってきましたが、今後また大きな災害などが発生して経営不振に陥ったとき、個人経営で立て直すのは難しいと思ったのです」と振り返る。

実は篠原さんには娘がおり、娘婿は「くろ松」の料理長を務めている。しかし、経営に関しては経験がなく、自身の引退後の将来が描けなかった。

「一時は廃業も考えました。そうするなら追い込まれて廃業するのではなく、企業価値が高いときにした方がいいだろうと、意を決して金融機関に相談に行ったのです。すると、廃業ではなくM&Aで他社に事業を継承してもらう道もあると助言されました」

篠原さんは当初、M&Aにいいイメージを持っていなかった。また、地域で一番の日本料理店を自負する篠原さんにとって、同業者への事業売却は抵抗があった。そこで金融機関にM&Aの仲介を依頼する際、異業種で経営を専門に請け負ってくれるところを希望した。

互いの強みを補完できる関係になれる

金融機関から邦堂買収の声が掛かったのが、同市内に本社のあるケービックスだ。同社は1971年にビルメンテナンス事業で設立後、旅館やホテルサービス、人材派遣や職業紹介、システム開発などの総合アウトソーシング会社として事業を拡大し、全国展開するまでに成長した。その過程でM&Aにより2~3社をグループ会社化してきたが、2015年に邦堂の話を持ち掛けられたときは少し戸惑ったのだそうだ。

「相手が飲食店と聞いて、正直『当社(が適任)ではないのでは?』と思いました。しかし、異業種同士が一つになることで、新たな展望が開けるのではないか、と思い直したんです」と同社社長の井上哲孝さんは説明する。

井上さんの気持ちが変わったのは、同社と邦堂がともに渋川市の指定管理者として、公共温泉施設の管理・運営の委託を受けていたことだ。同社は管理・運営に関してはプロだが、施設で提供される料理に関しては専門外である。一方、邦堂は料理に関してはプロだが、管理・運営は専門ではない。そんな2社が一つになれば、互いの強みを生かして補完し合える関係になれるかもしれないと思ったのだ。

そこから話はトントン拍子に進んだ。同年11月に具体的な検討に入り、年明けに基本合意をして、16年3月には株式譲渡に至った。これほどスムーズにことが運んだのは、売り手側と買い手側がコミュニケーションを密にし、信頼関係を構築していったことが大きい。

「基本合意する前に、初めて『くろ松』に食べに行ったんですよ。内陸の県でこんなにうまい刺し身を出す店があったのかと衝撃を受けました。それまでなまじ知らなかったから、一気にファンになり、リスペクトできたんです。M&Aにおける邦堂の希望は、『くろ松』ののれんと従業員の雇用を守ることだったので、店とスタッフをまとめて当社の仲間として受け入れた形です」(井上さん)

老舗日本料理店の看板で企業価値が高まった

現在、「くろ松」は以前と変わらず、昼から懐石料理が食べられる店として人気を博している。お客さまのニーズや市場のトレンドを取り入れて、定期的に定番メニューを精査し、季節限定料理の充実にも取り組んでいる。さらにこの秋、日本料理が気軽に味わえる「松花堂弁当」の専門店「くろまつキッチン」をオープンするなど、事業は順調に推移している。

M&A後に井上さんが実感したことは、想像以上に「くろ松」や篠原さんのネームバリューが高いことだ。本業のビルメンテナンスや旅館・ホテルサービスの現場で「くろ松をやっている」と言うと、『じゃあ、今度弁当を頼むよ』という話になり、営業面で大いに役に立っているそうだ。

「今回のM&Aでは互いにウィンウインの関係を築けたと思っていますが、今後こちらから積極的にM&Aに取り組もうとは考えていません。タイミングが合い、双方に可能性が見いだせるなら、欲を出さない程度にやっていきたい」と井上さんは自然体に構える。

本来M&Aは、後継者不在の企業がそれまで培ってきたものを未来に継承するための手段の一つだ。しかし、電卓をはじくことに重点が置かれてしまうと、本質を見失い、物別れに終わるケースも少なくない。同社の場合、2社が歩み寄って親交を深め、互いのメリットを模索したことが奏功した事例といえるだろう。

会社データ

社名:ケービックス株式会社

所在地:群馬県前橋市問屋町1-10-3

電話:027-253-3361

HP:https://www.kbix.co.jp/

代表:井上哲孝 代表取締役社長

従業員:6500人(パート含む)

※月刊石垣2018年11月号に掲載された記事です。

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