国内唯一のハッカの産地・北海道北見市で、ハッカ製品の製造・卸売業を営む北見ハッカ通商。創業以来の主力商品であるハッカ油は、長い間日の目を見なかったが、地道な営業努力で世間の認知が広がるにつれて売り上げが伸びてきた。そんな矢先、新型コロナウイルス対策の一環で一気に注目を集め、受注に生産が追い付かない状態が続いている。
先代が地域の名産品ハッカの灯を消させないと起業
ハッカは、好き嫌いが分かれる香りだ。軟膏(なんこう)や湿布薬、歯磨き粉の香りというイメージも強い。そんなハッカが今にわかに注目を集め、北見ハッカ通商の看板商品である「ハッカ油」が売れに売れている。
北見地方といえば、かつて世界シェアの70%以上を生産していた天然ハッカの産地だ。しかしその後、ハッカの輸入自由化と合成ハッカの登場により、同地の象徴でもあった「ホクレン北見ハッカ工場」が閉鎖に追い込まれ、ハッカ生産は衰退の一途をたどった。
「当社はハッカ工場が閉鎖された年に、先代の父が家業から独立して創業しました。家業は『永田製飴』という菓子メーカーなんですが、『北見産ハッカ飴(あめ)を輸入原料ではつくれない』ということで、地域のハッカの灯を消さないために、ハッカ油づくりを始めたんです」と同社社長の永田裕一さんは創業を振り返る。
ハッカ油は、ハッカ草を天日乾燥して蒸留し、抽出したハッカ原油を「精製メントール」と「精製ハッカ油」に分離して、さらにろ過・分離の工程を経て出来上がる。
「創業翌年に法人化し、『ハッカ油スプレー』や『ハッカ結晶』の販売に乗り出しました。観光地を中心に家業の菓子類を扱う売り場があったので、それを活用して販路を拡大していくつもりでした」
当時は、まさにバブル景気に突入しようという時期。道東の観光がにぎわっていたこともあり、売れ行きに関しては楽観的だった。
ハッカ油の知名度が低く売れ行きが低迷
ところが、予想に反して100本売るのに3年も掛かるありさまだった。そこで、PRのため百貨店が開催する北海道物産展に積極的に出展し、販売員として社員を売り場に立たせた。
「商品を手に取ってもらうには、メーカー自ら草の根営業をする必要があると思ったんです。全国各地の物産展を飛び回り、ユーザーの声を聞いてわかったのは、『ハッカ油って何?』ということでした」
つまり、ハッカ油の知名度はほとんどないに等しかったのだ。ハッカの香りは知っていても、ハッカは何からとれて、何に使うのかを多くの人は知らない。
「ハッカ油を飲み物に入れてもおいしいですよと言うと、『これ食べられるの?』と驚かれる。ハッカ飴やガムにも使われていますよと言うと、『そう言われるとそうね』といった説明を何年も繰り返しました」
また、ユーザーとのやりとりから別の問題も明らかになった。ハッカ油の成分は強いため、材質によっては溶かしてしまうのだ。プラスチック性の中栓だと漏れてきたり、容器の表面に付くとシールの印刷が溶けるというトラブルが発生していることがわかった。
「あらためてハッカの科学的な性質を調べた上で、容器に使う材質を見直し、シールにもラミネート加工を施すなど万全を期したことで、トラブルはなくなりました。これもユーザーの声のおかげです」
その後、海外市場の開拓にも乗り出し、マレーシアやシンガポール、台湾などで開催される物産展にも積極的に出展した。東南アジア諸国ではハッカに馴染みが深く、反応はすこぶるよかったが、国内の売れ行きはまだ低空飛行だった。
「マスクに付けると気持ちいい」とコロナ禍でも需要が激増
転機をもたらしたのは、2010年に発売したハッカの入浴剤だ。和種ハッカを配合したミントグリーンのにごり湯で、当初から東急ハンズやロフトで扱われ、入浴剤部門の納入数トップに躍り出た。
「風呂上がりに体がスーッとして気持ちいいと好評で、もっとスースー感を味わいたいという人が、一緒にハッカ油も買ってくれるようになったんです。そこから風呂に直接ハッカ油を入れる使い方が広まり、テレビに取り上げられるたびに売れ行きが伸びました」
ハッカの良さをもっと知ってもらおうと、同社は昨年、ハッカの歴史を展示したイベントホールや、製造工程が見学できるオープンファクトリーを併設した新社屋を建てた。「さあ、これから」というとき、降って湧いたのが今回のコロナ禍だった。予定していた物産展が全て中止となり、北海道観光も全滅に近く、取引先からの受注も激減した。ところが、そこに神風が吹いた。
「物産展用に準備した商品を、とりあえず自社サイトで販売することにしました。すると一気に注文が舞い込み、3月からの3カ月間でサイトの年間売り上げの3倍を売り上げたんです。5月は単月で30万本の注文が入り、まったく対応できない状況に陥りました」
その理由は、「マスクに少量のハッカ油を付けると気持ちいい」という口コミが広がったことだった。例年、花粉症対策でマスクに付ける人はいたが、新型コロナによってその需要が激増したのだ。
「今は需要にお応えするのが最優先ですが、図らずもハッカ油の知名度が飛躍的に向上したことで、大手企業からコラボ企画の申し出が結構舞い込んでいます。どこまで対応できるか分かりませんが、これを機に今までなかったチャンネルにも挑戦したい。また、類似商品が増えてきているので、どう差別化していくかを考え、北見のハッカを残していきたいですね」
永田さんが構想する複数のプランが大きく動こうとしている。
会社データ
社名:株式会社北見ハッカ通商(きたみはっかつうしょう)
所在地:北海道北見市卸町1-7-3
電話:0157-66-5655
代表者:永田裕一 代表取締役社長
設立:1985年
従業員:40人
※月刊石垣2020年9月号に掲載された記事です。
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