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テーマ別企業事例 パラアスリートを支える“応援企業”が元気な理由がある

いよいよ来年に迫ってきた2020年東京オリンピック・パラリンピック。過去の大会以上にパラリンピックにも注目が集まっている。そこで、20年に開催する東京オリ・パラを1年後に控えてパラアスリートやパラスポーツ活動をバックアップする“応援企業”の取り組みと狙いに迫った。

事例1 世界一を目指す選手の入社で従業員の意識が高まり、技術力も向上

八千代工業(埼玉県狭山市)

八千代工業は国内外に生産拠点や研究所を持ち、売上収益も国外が8割以上を占めている

自動車の機能部品の開発・製造と、樹脂部品・補修パーツの製造を行っている八千代工業には、夏と冬のパラリンピックで金メダルを獲得したパラアスリートの土田和歌子選手が所属している。東京パラリンピックではパラトライアスロン競技で金メダルを目指す土田選手に、同社は練習に集中できる環境だけでなく、自社が持つ技術力を生かして開発した陸上競技用車いす(車いすレーサー)も提供し、競技生活をサポートしている。

社会福祉と新技術の開拓が車いすレーサー開発に進展

土田和歌子選手が八千代工業の所属となったのは2014年10月だが、同社はそれ以前の13年からパラスポーツと関わっている。同社の常務取締役開発本部長で、陸上競技部の顧問も務める安田哲さんは、パラスポーツと関わるようになったいきさつについてこう説明する。

「最初の関わりは、パラ陸上競技用の車いすレーサーの開発でした。将来につながる新しい事業を始めようということになり、そこでキーワードになったのが社会福祉への貢献と、環境への配慮を念頭に置いた、製品の軽量化技術です。そこから何か新しいものを生み出そうと考えてきました」

八千代工業の親会社である本田技研工業(ホンダ)のグループ企業に、1981年に大分県で設立されたホンダ太陽という特例子会社がある。ここでは多くの身体障がい者が働いており、八千代工業の技術者たちは開発のアイデアを得るためにそこを訪れた。

「本田技術研究所が2000年からホンダ太陽の方々と協力して車いすレーサーの開発を始め、フルカーボンの世界一軽い車いすレーサーを完成させていました。ホンダ太陽の従業員の方々がそれに乗って車いすマラソンに出場していたのですが、この製品の量産化の面で困っていました。そんな中、八千代工業としても、これから社会福祉への貢献と軽量化に取り組もうとしていたところで、軽量化の面では先端技術のカーボンを使った商品開発ができるということもあり、開発と量産化に協力していくことになったのです」

そこで、製品設計・生産技術・試作の関係者を中心に社内チームを結成し、13年4月に正式に量産開発がスタートした。目指すは16年リオパラリンピックで、それに向けた新しい車いすレーサーを開発することだった。当時、カーボン素材は航空機の機体に多く使われ、貴重だったこともあり、欲しいからといって簡単に手に入るものではなかった。しかし、本田技術研究所が航空機の開発をしていたということもあり、そこからカーボン製品の技術を学んでいくことができたという。1年後の14年7月、フルカーボンモノコックの車いすレーサー「極〈KIWAMI〉」を完成させた。

製品の完成度を上げるためにトップパラアスリートを招く

そうして出来上がった完成品第1号に乗ったパラアスリートたちからは「アルミ製よりフィット感がずっと高い」「軽く、しかも路面の凹凸をいなしてくれる」「特に下りのスピードが速い」など、高い評価を得ることができた。あとは、2年後に迫ったリオに向けて、さらに完成度を上げていく必要があった。

「そのためには、高いレベルで走れる選手がいないとなかなか進化させられません。例えばフレームのどこの剛性をどこまで高めれば一番速く走れるのかといったことは、実際に選手が乗ってフィードバックしてもらわないと分かりません。その開発に携わってもらうためのトップ選手を何人かリストアップしたのですが、その中で一番ハードルが高いだろうと思っていたのが土田選手でした」と安田さんは振り返る。

土田選手はすでに日本トップのパラアスリートとして、世界を舞台に活躍していた。1998年の長野パラリンピックではアイススレッジスピードレース(そりに乗って行うスケート競技)で金メダルを獲得。99年に車いす陸上競技に転向すると、2004年アテネパラリンピックでは5000mで金、フルマラソンで銀メダルを獲得し、日本人史上初の夏・冬のパラリンピック金メダリストになっていた。

「14年10月からうちの所属選手になっていただくことができました。土田選手と会い、やはり世界一を目指す選手は違うと感じました。土田選手は、自分たちが開発した車いすレーサーに乗って金メダルを取ろうとしている。そういう選手と一緒にやるようになったことで私たちも身が入り、世界一を目指すためにチームのモチベーションも上がっていきました」

そうして臨んだ16年リオパラリンピックの女子マラソンでは、ラスト1㎞まで8人の選手で先頭争いが繰り広げられた。土田選手はゴール直前まで3位だったものの、最後に後ろから来た選手にかわされて最終的には4位となり、惜しくも表彰台を逃した。トップとはわずか1秒差だった。それでも土田選手はレース後、「金メダルを目指していたので悔しいが、全力を出し切った。いいレースだった」と笑顔で語っていた。

東京パラリンピック後もパラアスリート支援を続ける

車いすレーサーの開発をはじめ、土田選手をサポートするようになったことで、社内にポジティブな影響があったと、同社の経営戦略室で広報を担当する若林大輔さんは言う。「これまで私たちがつくってきた製品に、明確に世界一をうたうようなものはありませんでした。そこに土田選手が仲間となり、自分たちがつくったものに乗って世界一を目指している。すると従業員たちの間で自分たちも一緒になって世界一を目指しているのだという意識が芽生え、自社に対するプライドが高まってきました」

また将来的な面でも、会社の発展に良い刺激を与えていると安田さんは断言する。「土田選手への支援が通常の開発業務に好影響を与えるかどうかは、正直言って分かりません。しかし、世界一の製品を目指す開発者を育てることは、今後の製品開発において必ず良い影響を与えます。また、先端技術を持つ会社と一緒に仕事もでき、モチベーションアップにつながります。企業は常に人を育てていく必要があるので、車いすレーサーの開発で土田選手やそのほかのパラアスリートを支えながら、共に世界で戦っていくことは、会社にとって非常に重要なことだと思っています」

リオ後、土田選手は17年からパラトライアスロンへの挑戦を始め、18年に正式に競技転向。現在は20年東京パラリンピックでのパラトライアスロン出場、そして金メダル獲得を目指している。

「出場権をかけた戦いが6月から始まっていて、世界を転戦して、所定のポイントを取っていく必要があります。今度こそ金メダルを取れるようサポートしていきます」と若林さんは力を込めて語る。

同社は、東京パラリンピックでの土田選手の金メダルを目標にしているが、それが会社のゴールではないと安田さんは言う。

「大会が終わればパラスポーツに対する世の中の盛り上がりは落ち着くかもしれませんが、本田技術研究所が2000年から取り組みを始め、それを引き継いだ活動でもあるので、東京後も私たちはそのまま活動を続けていきます」

同社ではパラアスリートへの支援を単なる社会福祉としてだけでなく、自社の技術や従業員の意識向上にもつなげている。

パラスポーツを通じて障がいへの理解につなげる

土田和歌子選手は、高校2年生のときに交通事故に遭い、車いす生活に。1993年にアイススレッジの講習会に参加したことをきっかけにその競技を始めた。以来、アイススレッジスピードレースと車いす陸上競技で、94年リレハンメルから2016年リオデジャネイロまで、夏・冬のパラリンピック7大会に連続して出場。そして現在は八千代工業に所属し、20年東京パラリンピックへの出場と金メダル獲得を目指している。

─八千代工業に所属するようになったきっかけは何ですか?

八千代工業製作のカーボンレーサー『極』への乗車オファーをいただき、以前よりそのクオリティーに大変興味があったことから所属に至りました。基本的には月に数回程度出社していますが、重要な合宿や主要レースなどがある場合は、競技に専念できる環境をいただいています。 ─東京パラリンピックで目標とするところは何ですか?

東京パラリンピックへの出場がかなえば、夏冬合わせて8回目のパラリンピック出場となります。これまでの経験を最大限に生かし、アイススレッジ、陸上競技に続き、トライアスロン競技で3種目の出場と金メダル獲得を目指します!

─土田選手自身がパラスポーツに取り組むことで、伝えたいメッセージは何ですか?

スポーツを通じてそれぞれの可能性を広げることで、パラアスリートの存在を知っていただき、障がいへの理解につなげたいと思っています。

《東京パラリンピック競技日程(予定)》 トライアスロン 2020/8/29〜30(競技会場:お台場海浜公園)

会社データ

社名:八千代工業株式会社(やちよこうぎょう)

所在地:埼玉県狭山市柏原393

電話:04-2955-1211

代表者:山口次郎 代表取締役社長

従業員:875人

HP:https://www.yachiyo-ind.co.jp/

※月刊石垣2019年8月号に掲載された記事です。

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