今号は、地元で長く愛される和菓子店の後継者の事例をご紹介します。
東京都台東区に菓匠・東洋庵という和菓子店があります。創業は昭和7年。地元で老舗として愛されています。一方、三代目の平岡康弘さんには自店の将来に漠然とした不安がありました。経営環境の不透明感が増す中で、経営の舵取りに迷いが生じていたからです。
そこで昨年、販売担当の夫人・理紗さんとともに台東区が主催する「創業塾」に参加しました。本来、この研修会は新規創業希望者向けなのですが、ご夫妻は「ゼロから経営を学び直したい」と考えたのでした。二人の熱心な受講姿勢は講師を務めた私が見ても、とても印象的でした。この機会に自店の置かれた環境や保有する経営資源などを客観的に見つめ直すことで、ご夫妻は一つの発見をします。それは、自店の〝存在価値〟です。他の受講者は台東区民ですが、皆さんが東洋庵を知っていて、「祖母が大ファンです」という人までいました。
また、代々守ってきた〝こだわり〟に間違いがなかったという確信も生まれました。それは「素材は全て国産品を用いる」「保存料や膨張剤などの添加物は一切使用しない」「安易な機械化はせずに全て手づくりで対応する」「和菓子の命ともいえる餡づくりは丸一日掛け、鍋を回して仕上げる」「当日の天候や気温に応じて、原材料や製法に微妙な調整を行う」というものです。そんな丹精込めた商品づくりを評価してくれる存在が身近にたくさんいることを知って、あらためて自信が持てたそうです。また和菓子は、人の「絆」を強くする商材であることを再発見できたことも大きな収穫でした。例えば、家族の団らんにておいしいお菓子は会話を弾ませます。また、お世話になった人に贈答すれば、その人へ感謝の気持ちが伝わります。
その一方で、変えなければならない点にも気付きました。それは今の商材だけで、従来型の販売方式を続けていては発展性に限界があるということ。そこで取引金融機関が主催する商談会に参加し、地方スーパーのバイヤーに対してプレゼンしました。これは平岡さんにとって初めての経験でしたが、正式に取引が決定し販路開拓の第一歩となりました。他にも、開かれた店づくりをしたいとの方針で、自店の厨房を使った「手づくり和菓子教室」も企画中で、将来は東京オリンピック開催に合わせて、外国人向けの教室も展開したいと、新たな挑戦についても夢は広がっています。
この事例は、中小企業の事業承継において、先代が築き上げてきた価値やこだわりを後継者がしっかり認識し、それを承継する必要性、変えるべき点は変えていくことの大切さを示しています。
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