事例4 美濃和紙でつくる布マスクが大ヒット 自社ブランド、OEMで“強み”を発揮
丸安ニット(愛知県名古屋市)
コロナ前から苦戦を強いられていた繊維・アパレル業界で、コロナ禍という強烈な逆風のなか、奮闘している製造業者がある。従業員はわずか13人。ニーズが急激に高まった「マスク」を突破口に、オリジナルブランドやOEMで存在価値を高めている。強みは1300年以上の歴史ある美濃和紙からつくり出した、1本の細い製糸だ。
コロナ禍で激減した売り上げを自社ブランドでカバー
愛知県名古屋市に拠点を置く、創業1933年のニット生地製造業者、丸安ニットは、代表取締役の伊藤安則さんで三代目を数える。肌着用の綿ニットとして需要のあったメリヤス生地の製造から始まり、大手アパレルブランドや自動車メーカーの座席シート用のニットなどのOEM生産を幅広く手掛けてきた。さらに、新型コロナウイルスが猛威を奮う前から業界に危機感を持ち、オリジナル生地ブランドも立ち上げている。その理由は中国などの低価格の海外製品の流入による、国内の繊維メーカーの疲弊だ。取引先から材料を支給されて製造する賃加工形態に頼った事業では先細るばかり。同時に国内市場では本物志向の「国内回帰」の動きもあった。
2006年には両面ジャガードニット生地のECサイト「maffon(マフォン)」を、13年には美濃和紙糸を使った「siffon(紙ふぉん)」というブランドを立ち上げ、地元の百貨店の催事や、雑貨店に出品しては、ニットメーカーとしての実績も上げてきた。現在では①賃加工、②maffon、③siffonの三つが主要事業として確立されている。
「今年2月からの世界的なコロナ禍の影響で自動車の座面シートなどの賃加工の仕事は軒並みストップしました。賃加工の今年の売り上げは昨年対比4割ほどダウンになる予測です」と伊藤さんは顔を曇らせる。
だが、減った売り上げをカバーしたのが②と③だ。maffonではすでに「マスクキット」という商品をインターネットで販売しており、外出自粛期間に手づくりを趣味とする女性を中心に注文が殺到した。
「積極的に家で楽しめる手づくりコンテンツの配信を行ったことも功を奏し、8月現在、すでに昨年度より約20%アップの売り上げを達成しています。対面型で受託形式の販売をしていたsiffonも、まもなくホームページでの販売を開始します」
ピンチをチャンスに変えた美濃和紙を糸にする高技術
siffonも3月から「和紙マスク」を販売している。コロナ禍は長期化し、夏のマスク需要が伸びることを見越して、蒸れない快適なマスクとして売り出したのだ。これがNHKをはじめ、地元のテレビ局などに取り上げられると、一気に注目度を上げた。
「4月には名鉄百貨店のマスコットキャラクター、ナナちゃんをあしらった和紙のマスクをつくるなど、和紙マスクの着け心地、色、デザイン、話題性などいろいろ工夫しました」(伊藤社長)
圧倒的なマスク不足の市場ニーズにうまく乗れたのは、経営者としてのスピード感ある決断力と行動力が功を奏したといえる。だが、それを裏打ちするのがニット生地製造の優れたノウハウ、そして6年の歳月を経て開発した美濃和紙糸製品のクオリティーだ。
そもそも美濃和紙から生地をつくるという発想は、伊藤さんが家業を継ぐための修業先として岐阜県美濃市の紡績会社に勤めた経験が発端だ。そこで美濃和紙の美しさ、吸水速乾性、抗菌性などの機能性に触れる機会があり、生地に転用できないかと構想を温めていた。そして家業に入ると、培った人脈を生かして美濃市の製紙会社と連携し、本格的に糸の開発を始めてsiffonを誕生させるまでに至る。siffonは、木綿よりも軽く、インクジェットプリンターによる色のりもいい。それでいて洗濯しても色落ちしにくい耐退色性を誇る。そんなsiffonの評判を聞きつけて、発注してきたのが気鋭のデザイン会社、ZAKだ。
日本発の世界ブランドが美濃和紙の生地を採用
海外のクリエーターやデザイナーとのネットワークを生かし、商品開発からブランド構築、コミュニティデザインまで多次元的なデザインプロデュースを得意とするZAKは、地元・名古屋の伝統工芸、有松絞りに着目した革新的ブランド「有松絞染」の開発を進めていた。制作担当の有松絞染アーティストの藤井祥二さんは言う。
「有松絞りには伝統的な絞り技法があって、どの生地で染めるかにも決まりがあります。美濃和紙の生地を採用すること自体、大きな挑戦でした。質感、風合い、発色を追求するべく、生地には難易度の高い要望をいくつも出しましたが、それに応える生地の仕上がりで、独自の絞りを表現できました」
ZAK代表の今枝和仁さんもこう続ける。
「有松絞染は、日本の既存の伝統文化を超えた、メード・イン・ジャパンのクラフト、アート、デザインを〝和える〟ことで生まれた粋を表現したブランドです。同ブランドのマスクも、単なるかわいい、かっこいいではなく、コンセプトをしっかり踏襲しています。マスクに挟んで使う『美濃和紙微粒子ブロックフィルター』も、5〜10μmのウイルス飛沫や花粉をブロックできるというエビデンスを取るなど、世界ブランドとしての気概を持ってつくり上げました」
有松絞染はニューヨークの老舗デニムショップ、ブルックリンデニムへの出店や、デニム界のスティーブ・ジョブズと称されるモーリス・マローンと浮世絵をモチーフにした絞り染めでコラボレーションするなど、日本固有の唯一無二の価値を世界へ発信、展開している。丸安ニットの技術力がその‶唯一無二の価値〟に適ったというわけだ。コロナ禍を耐え忍ぶのではなく、自社の〝強み〟を発信し、積極的に事業を拡げる。その姿勢には、コロナを言い訳にしない勢いがあった。
会社データ
社名:丸安ニット株式会社(まるやすにっと)
所在地:愛知県名古屋市西区秩父通1-58
電話:052-522-2171
代表者:伊藤安則 代表取締役社長
従業員:13人
※月刊石垣2020年10月号に掲載された記事です。
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