いまだ収束が見えないコロナ禍の影響は、日本の社会や経済に予想以上のダメージを与えている。この新たな感染症による厄災は、日本全国全ての地域や業種を問わずに企業活動や人の動きを止めてしまった。しかし、コロナ禍に負けずに“禍転じて福”とすべく奮闘している全国の中小企業の取り組みが数多くある。
「ものづくり企業編」では、創業以来培ってきた自社の技術力や開発力を駆使してコロナ禍に打ち克つものづくり企業の声をお届けする。
事例1 コロナ禍で売り上げが50%減少 自社開発で新たなビジネスを開拓
藤恵工業(千葉県柏市)
建設機械や工作機械の部品を製造する藤恵工業は、コロナ禍で発注元の自動車メーカーが操業停止するなどの理由で売り上げが減少した。その状況を逆手に取り、自社の金属加工の技術を生かして、電車の手すりやつり革に直接手を触れずにつかむことができる製品を開発。チタンを素材にした同社初の消費者向け商品「チタンフック」は、売り上げだけでなく、新たな営業ツールとしても貢献している。
緊急事態宣言の中Web会議で案を出し合う
藤恵工業の「チタンフック」は、素材に医療現場でも使われるチタンを使い、一枚の板を削り出してつくっている。フック部分を手すりやつり革に引っ掛けることで直接手を触れずに持つことができ、ドアの開閉やエレベーターのボタンを押すときにも使うことができる。チタンの強度は鉄の2倍、アルミの3倍あり、それでいて軽量なため、持ち歩くにも邪魔にならない。また、錆(さ)びることがないため特別な手入れは不要で、金属アレルギーの心配もない。
藤恵工業がその開発を始めたのは、コロナ禍の影響が大きく出てきた4月半ばだったと、社長の伊藤順啓さんは振り返る。
「私どもの業界では、コロナ禍よりも前、昨年10月に消費税率が引き上げられてから業績が低調になってきていました。それが今年3月に入って、コロナ禍の影響も加わってか、さらに売り上げが落ちていき、3月時点で前年同月比約50%もダウンしていました」
4月に入って緊急事態宣言が出ると、都内から通勤する全社員と都外からでも電車で通勤する社員は自宅待機にし、それからは毎朝1時間、在宅の社員とともにオンラインによるミーティングを開いていた。
「コロナ対応の製品を何かつくれないかとみんなで話していて、電車の手すりやつり革に直接手でつかまるのが怖いから、それに対応できるものがいいんじゃないかとなりました。それからネットで調べたり、従業員の間でアイデアを出し合ったりして、実際に製作に取り掛かったのはゴールデンウィークの前ごろでした」
ゴールデンウィーク期間中、伊藤社長はさまざまな電車に乗って手すりやつり革の寸法を測定し、フック部分に適正な大きさを研究していった。
自社ブランドの新製品をつくっていく
携帯性を考慮して大きさはカードサイズにこだわり、出てきたアイデアをもとにCADで3Dデータを作成して、どのような形状がいいか3Dプリンターを使いプラスチックの試作品を作成した。社長とともにチタンフック製作の指揮を執った専務の伊藤啓悟さんは、その後の流れについてこう語る。
「最初はシンプルな形だったのですが、他社からも同じような商品が出ていたので、特徴を出さないと売れない。かっこよさも含めてデザインを考えていきました。また、フック部分の機能だけでなく、エレベーターのボタンを押す際などにも応用して使えるよう、形状に工夫してつくっていきました」
デザインが固まると、次は素材に何を使うかだった。チタンを提案したのは伊藤専務だった。
「チタンは硬く、加工が難しいのですが、金属アレルギーを起こす心配がなく、誰でも安心して使うことができます。チタンは原価が高く、その分価格は高くなりますが、自分の命に関わることなので、金額は惜しまずに買っていただけるんじゃないかと。あとは、一生使えるものというコンセプトでものづくりをしていこうと考えていたので、軽くて強度があり、錆びないチタンにたどり着きました」
伊藤専務は、コロナ禍以前からこのコンセプトで自社ブランドによる製品づくりの構想を温めており、ブランド名を社名の藤恵と無限大のマークが8に似ていることを掛け合わせて「eIghT」(エイト)としていた。このブランドは県内の大学との産学連携プロジェクトで開発した製品に使う予定だったが、コロナ禍によりそれが止まっていたため、今回、このブランドの第一弾として「チタンフック」がつくられることになった。
クラウドファンディングで目標金額の5倍を達成
企画開始から1カ月後には製品が完成し、量産体制も整った。そして、5月26日からクラウドファンディングで販売を兼ねて支援者を募っていった。
「コロナ関連で多くのメディアが注目すると考え、町工場、コロナ、新商品といったキーワードを入れ込みました。そうしたら、すぐにテレビ局から連絡が来て番組で取り上げていただくことになり、あとはトントン拍子でいろいろな媒体で紹介されました」(伊藤専務)
そのおかげもあり、約1カ月のクラウドファンディング募集期間中に、支援総額が目標の5倍となる約100万円に達した。その後、ショッピングサイトと東京・代官山にある書店で販売を開始し、1カ月半で400個以上が売れた。
今回の自社製品の開発・販売は、社員たちのモチベーションアップにもつながったと、伊藤社長は言う。「コロナ禍に入って仕事がなくなり、社内のモチベーションが下がっていました。そんな中、社員みんなで一緒に盛り上がって新しいものをつくり上げたことで、社員たちのモチベーションが上がったのがよかったですね」
またそれだけではなく、新たな顧客開拓にもつながっている。
「今まで取り引きがなかった重工業関連の企業から連絡が来たり、半導体関連の試作開発の依頼が来るようになりました。技術力だけでなく、新たなことに挑戦する会社の姿勢を評価していただいたのだと思います。これからは自社開発製品を営業ツールに新たな販売チャンネルをつくり、社内体制も強化してアフターコロナに備えていきます」(伊藤専務)
自社製品の第二弾もすぐに開発を始め、早ければこの秋には完成するという。藤恵工業は、コロナ禍という危機を新たな発展のチャンスに結び付けている。
会社データ
社名:藤恵工業株式会社(とうえいこうぎょう)
所在地:千葉県柏市高柳486-3
電話:04-7193-1251
代表者:伊藤順啓 代表取締役
従業員:11人
※月刊石垣2020年10月号に掲載された記事です。
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