事例4 消火薬剤リサイクルの新技術で未開拓分野に進出する
兼定興産(福岡県久留米市)
戦後間もない昭和22(1947)年に、農業用石灰の卸売りで創業した兼定興産。その後、世間のニーズを読みながら、工業薬品や化学薬品、肥飼料など、扱う製品を拡大していく中、環境保全やリサイクルにも力を入れる。近年では、消火器の薬剤から肥料をつくる技術の開発や難燃剤への再利用など、新たな価値を創出し続けている。
中国・四川大地震を機に消火器に着目する
日本における消火器の年間生産量は約400万本で、一般的な使用期限は製造年からおおむね8~10年とされている。使用済みの業務用消火器はリサイクルの対象品となっており、最近では消火器メーカーが回収して有効活用されるようになったが、かつては埋め立て処分されていた。そんな消火薬剤にいち早く着目し、リサイクル肥料として製品化したのが兼定興産だ。
同社は農業用石灰の卸売りで創業後、化学薬品や工業薬品、肥料や飼料などの製造販売を幅広く扱ってきた。2000年代に入ってからは新たな分野となる環境保全関連にも力を入れ、農業技術を活用した屋上緑化土を開発するなど、小規模ながら常に先を見据えた事業を展開してきた。
そんな同社が消火器に目を付けたのは、08年に起こった中国・四川大地震がきっかけだ。
「四川はリン鉱石の一大産地で、たちまちリンが不足して価格が急騰しました。リンは、農業用肥料の主要な原料なので、早急に代替となるものを見つける必要があったんです」と同社社長の野下兼司郎さんは当時の深刻な状況を振り返る。
リンは埋蔵量に限りがある資源で、枯渇の可能性が指摘されているため、それを必要とする業界にとってリンのリサイクルは重要なテーマだ。同社でも、下水に含まれるリンを取り出す薬品を扱っていて、それを最終処理場に売り、回収されたリンを購入して、農業用肥料として販売していた。そこへ大地震による深刻なリン不足が起こり、白羽の矢を立てたのが消火器というわけだ。
産学官が連携して消火薬剤を農業用肥料にリサイクル
一般的に見かける消火器は「ABC粉末消火器」といい、中にピンク色の粉末が入っている。この粉末には、リン酸アンモニウムや硫酸アンモニウムが含まれており、どちらも肥料の原料となる。しかし、そのままの形では使えない。
「消火薬剤は、湿気を防いで保存性を高めるためにシリコンコーティングされていて、水に溶けないんです。そこでJAさがや肥料メーカーと共同して、油かすや魚かすなどの肥料材料に消火薬剤を混ぜ、粉から粒へと成形する過程でシリコンコーティングを除去する方法を編み出しました」
ところが、消火薬剤単体で肥料へとリサイクルするまでには至らなかった。そこで福岡県工業技術センターなどと一緒に研究を続け、適度な加温と加圧によってシリコンコーティングを除去する加工技術を開発。13年に九州初となる消火薬剤リサイクル肥料「兼定NP1号」の販売を開始した。
「開発スタートから販売まで4年ほど掛かりました。開発自体は割とスムーズだったんですが、肥料登録に2年近く掛かってしまって。しかし、それによって用途が広がり、肥料メーカーにも原料として売ることができるようになりました」
同商品のメリットは、汎用性が高いことや、為替の影響を受けず価格も安価なことだ。その後に発売した「兼定NP2号」は、県のリサイクル製品にも認定され、さらなる販路の拡大を狙ったが、リンの供給量が回復するにつれて売れ行きが鈍くなっていった。
ニーズが減少すればすぐに新たな製品開発へ
リサイクル肥料の新たな活用法として、野下さんが着目したのは難燃剤だ。リンにはさまざまな性質があるが、その一つに難燃性がある。リンを原料とする肥料が、木材の難燃剤としても使えるのではと考えたのだ。近年‶燃えない木〟の需要は増加しており、特殊な分野でもあることから、実用化できれば肥料より高価格での販売が可能になる。
「リサイクル肥料は加工の段階で水溶性化されています。試行錯誤の末、その水溶液に木材を浸して加圧と減圧を繰り返すことで、木の繊維に成分を浸透させることに成功しました」
その後評価試験を行い、効果が実証されたことを受け、18年に「有馬冷子(ありまれいこ)」の商品名で販売を開始した。ちなみに「有馬」は、芝大門の火の御番を仰せつかった地元の久留米藩・有馬家の消防組織「有馬火消し」に由来する。
「現在、リサイクル関連事業の主力の一つは難燃剤ですが、もう一つ力を入れているのが廃薬品です。プラントで発生し、廃棄される未活用の副産薬品は、正規薬品と同じように使用することはできませんが、用途限定で使用可能です。難燃剤はまだこれからですが、廃薬品の方はけっこう反応がよく、販路が広がりつつあります」
また、廃薬品とは別に重金属固定剤(キレート剤)も売り上げを伸ばしている。キレート剤とは、環境を悪化させる重金属(鉛、ヒ素、水銀など)を固定して不溶解にする薬品のことで、環境負荷の低減につながる。難燃剤もキレート剤にしても、まさに環境保全に役立つ製品といえる。
そのときどきで必要なものを見越しながら、リサイクルを基本に次々と新たな製品を生み出してきた野下さんは、今後どのような展望を描いているのか。
「あまり先のことは考えていませんが、SDGsの観点からも、廃薬品の有効活用の分野に風穴を開けたいですね。常に強みを持ちつつも、幅広い製品を扱って、『3本の柱より100本の爪楊枝(つまようじ)』でやっていくつもりです」と笑った。
会社データ
社名:兼定興産株式会社(かねさだこうさん)
所在地:福岡県久留米市野中町640-1
電話:0942-33-8121
代表者:野下 兼司郎 代表取締役
従業員:5人
※月刊石垣2021年2月号に掲載された記事です。
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