ここ数年、ビジネスの現場でSDGsという言葉を聞く機会が増えている。とはいえ、「SDGsとは何か?」「何から始めればいいのか」「取り組み方が分からない」など、具体的なアクションにつながらないケースも多い。そこで、アフターコロナを見据えて積極的にSDGsに取り組んでいる商工会議所や各地の企業を追った。
「SDGs(エスディージーズ)」とは、2015年9月に国連で決められた「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり、2030年までに達成すべき17の目標が挙げられている。
事例1 未来へ向け、海、森、人を守り収益化する老舗だし専門メーカーの挑戦
マルハチ村松(静岡県焼津市)
SDGsへの貢献が必須の昨今。温暖化や海洋汚染など水産資源に関する危機意識は、世界規模で高まっている。持続可能な漁業を考えたとき、省エネやコスト減、ブランド力アップにもつながると捉えた老舗メーカー、マルハチ村松は、創業150年超の伝統を守りつつ、次世代に向けて挑戦するべく、SDGsに本腰を入れた。
お客さまからの要望に応えてSDGsに着手する
日本の和食文化に欠かすことができないだし。そのだしに特化し、1868年に創業したマルハチ村松は、国内有数の老舗だし専門メーカーだ。調味料や水産エキスの製造販売から、バイオ医薬用素材や機能性食品素材の開発・製造販売まで幅広く事業を展開している。創業当初から一貫して天然素材にこだわり、時代の変遷に柔軟に対応しながらイノベーションを繰り返してきた。拠点の静岡県焼津市をはじめ国内外から天然調味料やその原料、約170アイテムを調達する情報収集力と原料調達力を誇る。同社が手がける製品は学校給食や外食メーカー、加工食品メーカーや健康食品メーカーなどに卸しており、最近ではBtoC向けの商品開発も進めている。
そんなマルハチ村松がSDGsに関心を寄せるようになったのは2017年5月、取引先と契約を交わす際に、先方から持続可能な社会の実現に努めていることを条件に提示されてからのことだ。
「お客さまからの要望に応えるという形で全社をあげてSDGsへの関心が一気に高まりました。CSR推進室もその時に開設され、SDGsの取り組みがステークホルダーに認知され、信頼度が増し、さらに企業の社会的責任につながると捉えて動き出しました」
そう説明するのは管理本部CSR推進室の八木良則さん。工場の廃棄物や排水処理を管理している環境衛生課から抜擢され、20年1月から同室を任されている。では、具体的にSDGsにどう取り組んでいったのか。八木さんは自社の得意分野を最大限に生かすことでSDGsを推進してきたと強調する。
「財源のある大手企業なら新規で取り組むことができるかもしれません。しかし弊社は中小企業で資金、時間、人員全てが十分ではありません。既存事業をSDGsに照らし合わせ、紐付けできるものは何かを検証していきました」
そして、注目したのがMSC(海洋管理協議会)の国際認証だ。
原料から製造、加工、流通までSDGsを貫く
「海のエコラベル」と呼ばれるMSC認証は、持続可能な漁業や海洋資源の保護に貢献している水産物であるといういわば〝お墨付き〟だ。MSCは英国のロンドンに本部があり、日本を含む約20カ国に事務局が置かれている。MSC認証の水産物は、約100カ国4万5000品目以上にのぼり、日本でもすでに約900品目(21年1月現在)が承認・登録され、世界的にも信頼された認証である。
「MSC認証を取得することはSDGsが掲げる17の目標のうちのいくつかに貢献することになります。そしてMSC認証の水産物を取り扱うためには、MSC CoC※認証規格を満たしていることが必要です。これは認証されたものと認証されていないものが混在しない製造、加工、流通、販売であるというトレーサビリティーの確保などが求められます」(八木さん)
19年4月にカツオを対象魚種に静岡工場など数カ所が審査をパスしてMSC CoC認証を取得し、海のエコラベルをつけての販売を可能にした。この時にMSC認証の養殖版といえるASC(水産養殖管理協議会)のCoC認証取得企業にもなっており、持続可能な漁業による水産資源を利用できる仕組みを整えていった。
だが、これも急ごしらえの対応で勝ち取ったものではない。マルハチ村松は20年以上前から社内の情報共有化やトレーサビリティーを整備しており、04年には社外も含めたトレーサビリティーのシステムを確立している。その後もシステムの精度アップや拡大を図って品質の高い製品の提供に努めてきた。そうした実績があればこそ、国際認証を〝紐付け〟られたのである。
海だけではなく森、そして子どもたちを守る
マルハチ村松はMSC認証のカツオを積極的に仕入れ、MSC CoC認証のカツオ節を増産。さらにカツオ節の製造工程で廃棄される煮汁を活用することによるフードロス削減、設備投資の見直しによる省エネなど、事業の改善を通じてSDGsを推進していった。食品リサイクル率は99・8%に達し、工場からの温室効果ガス排出量の削減にも努め、「令和元年度エネルギー管理優良事業者等表彰」を受けるなど、高い評価を得るまでになっていく。
同時に社内外にSDGsに関する情報発信も精力的に行った。
「CSR推進室ができた当初は、社内外にCSRやSDGsの情報発信が一切できていませんでした。そこで、19年のMSC認証取得に前後して積極的にPRしていきました。この年の1月に静岡市で開催された東京ガールズコレクション(TGC)に出展したのもその一つです」(八木さん)
TGCといえば国内屈指のファッションイベントだが、そのノウハウやプラットホームを活用し、マルハチ村松が静岡市と提携して地方創生とSDGsの推進をテーマにした付随イベントに出展したのだ。テレビや雑誌など各メディアが取り上げるイベントへの出展で認知度を上げ、さらに2カ月後の3月には、マルハチ村松が単独でメディアに注目されるアクションを起こす。それが「SDGs私募債」の発行だ。
静岡銀行を引受人とした発行金額1億円、期間3年間の私募債で、文字通りSDGsを達成するための設備投資資金の調達を目的としている。
「22年2月が償還期間で、現在は『だしプレッソ』という商品などの設備投資に利用しています。だしプレッソは、だしの賞味期限が長く、海のエコラベルならぬ森のエコラベルといわれるFSC®(森林管理協議会)認証の紙資材をパッケージに利用しているのが特徴です」
海だけではなく森にまで配慮した商品づくりには目を見張るものがある。さらに次世代を担う子どもたちへのサポートにも着手しており、18年より未利用サンプルを、子ども食堂を運営するNPOに提供したり、19年にはめんつゆなどの商品を「まくらざき 子ども食堂」へ提供するなどしている。
地域ネットワークを生かし文化とSDGsの融合を狙う
こうしてマルハチ村松は、SDGsの17の目標のうち五つの目標達成に貢献していることになる。
内訳はこうだ。
「2 飢餓をゼロに」は子ども食堂への寄付、「12 つくる責任つかう責任」は食品安全マネジメントシステムの国際規格FSSC22000の認証の取得、「13 気候変動に具体的な対策を」は温室効果ガス排出量の削減、「14 海の豊かさを守ろう」「15 陸の豊かさも守ろう」はMSC認証やFSC®認証がリンクしている。
この五つの目標は事業の推進、改善、省エネやフードロスなどに直結しており、企業のイメージアップにもつながっている。
「SDGsありきの事業展開ではなく、事業のメリットを見越してのSDGsに取り組む。それが中小企業の現実路線だと思います」と八木さん。さらにMSC認証やFSC®認証の認知度が、国内ではまだ低く、消費者もエコラベルの有無よりも価格の比較で商品を選んでいるのが現状であることを冷静に受け止めている。エコラベルの理解が深まれば需要は伸びると考えられるため、今できることに目を向ける。
「コロナ禍で昨年はイベントそのものが中止になるなど社外へのPR活動が思うように進みませんでした。しかし、社内向けに月1回配信しているSDGsニュースは継続し、昨年末に営業担当者向けの『CSRの勉強会』を開いて、参加者にSDGsピンバッジを配る活動も行っています。CSR勉強会では社内のSDGsの取り組みを説明しました」
20年12月に静岡県西伊豆地域で開催された「IZU TRAIL Journey2020」では、自然の中を走るトレイルランニングを通じて自然、歴史、文化を理解し尊重するという大会理念に共感して協賛。MSC認証のカツオでつくった「なまり節」を選手に提供するなどして、地域活性化に貢献した。
「地元、焼津にはカツオ節をはじめとするだし文化、食文化が根付いており、私たちもだしメーカーとして、だしの勉強会やマルシェを開催するなど、地域活性化に向けた取り組みは数多くしてきました。こうした地域との交流を生かして、今まで以上にSDGsを多くの人に伝えていくことは可能です。今後はより地元の人たちとのコラボレート企画でSDGs関連活動ができないかと模索しているところです」
同社が培ってきたものの中に、未来につながるSDGsの〝種〟がまだまだ眠っているようだ。
※CoC認証とは、MSCエコラベルもしくはMSCの商標を表示して販売される製品が、認証取得漁業をその供給源とし、サプライチェーンをさかのぼって認証された供給元まで追跡可能なことについて確固たる保証を提供するもの。
会社データ
社名:株式会社マルハチ村松(まるはちむらまつ)
所在地:静岡県焼津市下江留1001-1
電話:054-622-7200
代表者:村松善八 代表取締役社長
従業員:540人(グループ全体)
※月刊石垣2021年4月号に掲載された記事です。
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