航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、約1300年の歴史を誇る道後温泉があり、松山城の城下町として栄えた愛媛県松山市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
確立している交流基盤
愛媛県の県庁所在地で四国最大の人口規模(50万人)を誇る松山市は、多くの地方中心都市の中でも、高い拠点性を持ち、平日・休日共に国勢調査人口を上回る滞在人口を集めている。 域内総生産が1兆6千億円(2018年)を超える地域経済循環にもその特徴が表れており、地方交付税交付金などの財政移転、多くの来訪者による消費活動によって、域外から所得が流入しているが、地域に集まる消費需要を地域だけで賄うことができず、必要な商品・サービスを域外から移輸入する(所得が流出する)構造となっている。域外からの移輸入それ自体に問題はなく、むしろ交易は積極的に行う必要があるが、松山市の場合は、地域資源を十分に活用しないまま移輸入に頼っている可能性が高い。 代表的な観光産業である「宿泊・飲食サービス業」は、確固たる観光資源があり、域外から所得を獲得する移輸出産業となっている。ただ、「食料品」や「卸売業」は大幅な移輸入超過となっており、宿泊・飲食サービス事業者に商材を供給する地元事業者は、域外から原材料などを仕入れており、観光で域外から所得を獲得しても、結果的に域外へ所得が流出している構造となっている可能性が高い。 全産業ベースでも、労働生産性は693万円、1人当たり雇用者所得は395万円と、いずれも全国平均の8割以下、愛媛県全体の平均をも下回っており、強固な交流基盤があるものの、その拠点性が稼ぐ力の向上につながっていない。また、コロナ禍の2021年と移動自粛が弱まった22年の5月の滞在人口は39万人と大きな変更はないものの、県外からの滞在者が増える一方で、住民の滞在者は減少しており、拠点性が地域への愛着につながっていない可能性もある。
広い視野で地域資源活用を
観光客の消費単価を比較する指標として従業員1人当たり付加価値(労働生産性)を横軸に、観光客が1000人増加した場合の地域経済への波及額を縦軸にして、主な観光地をプロットすると、緩やかながら正の相関がある。因果関係は不明だが、付加価値を上げるためには地域資源を活用する必要があることが分かる。 松山市の宿泊業・飲食サービス業の労働生産性は200万円、地域経済への波及額は2800万円だ。金額はコロナ禍前だが、他の地域との比較では、いずれも高水準とは言い難い。 現在、道後温泉では、本館の保存修理工事期間限定として、アートを取り入れた活性化事業を行っている。他の温泉地との差別化を図る重要な取り組みである。ただ、道後温泉は既に確立している地域資源だ。それそのものの強化のみならず、豊かな自然に育まれた特産品に限らず、歴史や文化、四国における位置付けなどのソフト面の資源も生かして、地域の魅力も感じられる空間を構築していく必要がある。結果的に、それが地域のブランドを高め、労働生産性が向上し、地域の所得水準を引き上げることにつながるからだ。また、地域資源を徹底的に活用しようとする取り組みを通じて、地域への愛着も醸成されよう。 2022年9月に開業した西九州新幹線の武雄温泉駅では、周辺地域の物産品を展示することで、温泉という基盤の上に、新たな空間的魅力を生み出そうとしている。金沢駅の鼓門も、地域の歴史や文化を感じる空間形成に重要な役割を果たしている。 松山城や道後温泉という強固な基盤の上に、松山市のみならず愛媛県、ひいては四国という地域を感じられる空間的魅力を構築していくこと、それが四国の雄都たる松山市のまちの羅針盤である。 (株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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