東南アジアに政治の季節が訪れている。最も注目すべきは、日本企業の最大の集積地、タイだろう。5月の総選挙で、改革派で若年層から支持の厚い前進党が第一党となる、大きな政治的構造転換が起きた。だが、前進党主導の連立では首班指名で党首のピタ氏が過半数を獲得できず、その後ピタ氏は議員資格を停止された。第二党のタクシン元首相派のタイ貢献党が前進党を外し、親軍派政党などと手を結んで、実業界出身のセター氏を擁立、政権に復帰した。
2014年のクーデター以来のプラユット軍政に終止符が打たれたとはいえ、タクシン派と親軍派の野合である面は否定できず、15年間の海外逃亡から帰国し、刑務所に収監されていたタクシン氏は政権成立後、予定されていたように恩赦で禁錮1年に減刑された。かつて新興企業家として既得権益層を批判したタクシン氏が既得権益層の中心に座り、政治の私物化、利権化を進めることに若年層やIT分野などの新興企業層には強い不満がある。タイの政治情勢はより大きな混乱に向かっており、タイ経済の先行きは要警戒だろう。
ベトナムでは1月、グエン・スアン・フック国家主席が突然、辞任した。グエン・フー・チョン共産党書記長に次ぐナンバー2の失脚は、腐敗追及とともに権力闘争の色合いも持つ。フック主席の辞任前に2人の副首相の辞任もあり、ベトナムは経済好調の中で政治混乱に見舞われている。現実に大型プロジェクトの意思決定が遅れるなど、経済停滞も起きている。高成長期の途上国は政治腐敗の温床になりやすいが、反腐敗を旗印にした権力闘争が経済に打撃となるのは、中国を見ればよく分かる。
ミャンマーは21年2月、軍によるクーデターで、アウンサンスーチー氏が率いる選挙で選ばれた政権が倒された後、事実上の内戦状態が継続している。圧倒的な武力を持つ軍が農村部を基盤とする民主派の武装勢力を追い詰める構図だったが、軍からの脱走兵が増加、膠着(ごうちゃく)状態に陥っている。健康状態が懸念される78歳のアウンサンスーチー氏は刑務所から住宅に移送されたが、解放される見通しはない。若くて豊富な労働力を抱えるミャンマーの挫折は東南アジア全体への信頼性をも低下させており、多くのグローバル企業が東南アジアを飛ばし、一気に南アジア、アフリカに目を向ける背景にもなっている。
東南アジアが政治の季節を乗り越え、民主主義と信頼性を回復できるのか、重要な時期にさしかかっている。
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