航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、愛媛県北東部に位置し、しまなみ海道の四国側玄関口である今治市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
精油・造船・タオルで所得を稼ぐ
今治市は、瀬戸内海の海上交通の要衝として古くから発展、海水が引かれた堀のある今治城に象徴される海事都市として栄えてきた。多くの塩田からつくられる塩を運ぶために海運業が発達し、交易が盛んになり造船業も集積、製油所も設置され、四国を代表する工業都市となっている。また、温暖な気候と豊富な水に育まれて繊維(白木綿)産業が発達、現在の「今治タオル」へとつながっている。
こうした背景は地域の稼ぐ力にも表れており、今治市の地域経済は、水産業などの第1次産業に加え、「石油・石炭製品」(精油)、「輸送用機械」(造船)、「繊維製品」(今治タオル)の移輸出によって支えられている。中でも今治タオルは、地域資源の活用が地域の稼ぐ力に結び付いた「地域ブランド」の代表例だ。
経済産業省は、地域発の商品・サービスのブランド化と、地域のイメージのブランド化を結び付け、好循環を生み出し、地域外の資金・人材を呼び込むという持続的な地域経済の活性化を図ることを地域ブランド化と定義している。地域の資源を活用した商品・サービスのブランドと、地域そのもののブランドの相乗効果が「地域ブランド」であり、いわば地域の価値を「見える化」したものだ。
綿糸の状態で晒(さら)し(精錬漂白)を行ってから織り上げる先晒しという特徴(地域の資源)、外部人材の活用とコンセプトの確立、今治タオル工業組合の実行力と独自の品質基準(ブランド認定事業・地域団体商標登録)による消費者への約束など、JAPANブランド育成事業(2006~09年度)を契機とした取り組みによって、今治産のタオルの価値が見える化され、地域の稼ぐ力を拡大している(「繊維製品」の労働生産性が10→18年で2倍に)。
地方創生の実現には、こうした地域ブランドの創出が有効だが、自社の経営資源を評価するVRIO分析の手法を援用して今治タオルの事例を分析すると、地域の資源を地域ブランドに昇華する手法が見えてくる。
今治タオルのノウハウ展開を
地域にはさまざまな資源があるが、地域ブランドとなるためには、当該地域の特徴や歴史・風土を表す資源と位置付け、地域企業がそれを活用して商品・サービスなどを展開する必要がある。ただ、この段階ではいわゆる地域資源活用であり、その上で、提供価値を担保する決まりを設け、積極的なマーケティングによって高い認知度を得て稼ぐ力に変えていくことが求められ、かつ、こうしたことを担う組織も不可欠だ。
今治タオルの歴史は、危機感とリーダーシップに基づく弛まぬ努力と試行錯誤のたまものであり、現実にはこのように整理できるものではないが、何かしらのヒントにはなろう。
今治市の今後を見据え大事なことは、今治タオルのノウハウを展開し、磨きをかけることだ。個々の事業者や商品・サービスのブランド化に活用することで、ノウハウの改善のみならず、今治タオルという地域ブランドの幅を広げ、懐を深くすることができる。今治市には、代表的な地域資源である第1次産業のほか、村上海賊やしまなみ海道など有形無形の資源があり、今治タオルのノウハウ活用で、これらも地域ブランドに昇華する可能性が高まるであろう。
豊かな自然を背景とした日常生活も、ノウハウを活用することで魅力が見える化し、観光や移住・定住の促進のみならず、住民のウェルビーイング向上にも資するのではないか。
今治タオルのノウハウを活用して、あらゆる地域の資源を見える化する営みを続けること、それが今治市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所上席研究主幹・鵜殿裕)
最新号を紙面で読める!