かつては、まちのランドマークともいわれた地方百貨店の衰退が止まらず、今や県内あるいは中核都市に1店舗という地域も少なくない。しかし、地域に浸透した知名度やブランド力、立地の良さなど百貨店の強みを再構築し、“地域再生への核”としての取り組みを進めている百貨店もある。
集客に向けた仕掛けを重ねながら地域の人が集い続ける百貨店を目指す
人口約52万人。日本で最も人口が少ない県である鳥取県に、今も3軒の百貨店が存在している。その一つ、鳥取市にある丸由百貨店は、2022年に店名を改めたのを機に、地域密着をより強めたリブランディングの推進にかじを切った。現在、地元の老若男女が集う百貨店として、地域に欠かせない存在を目指した挑戦を続けている。
73年慣れ親しんだ店名から創業時の名称に立ち戻る
丸由百貨店は、地元の老舗呉服店「由谷呉服店」とバス会社「日ノ丸自動車」の創業家が出資し、戦前の1937年に山陰初の百貨店として鳥取駅前に「丸由(まるゆ)百貨店」として開業した。当時は珍しかったエレベーターやショーウインドーが話題になり、多くの人でにぎわっていたという。
そして戦後、49年に大阪に本店を置く百貨店の大丸(現・大丸松坂屋)と資本・業務提携を結び、「鳥取大丸」として生まれ変わった。
さらに75年には、駅前再開発に合わせ、現在の地上5階、地下1階の新店舗に移転。地域の中心商業施設として長年にわたり市民に親しまれてきた。しかし、その後のモータリゼーションの進行による郊外商業施設との競合で、売り上げが減少していった。
「業績不振に陥り、2018年に日ノ丸グループと地元金融機関が設立したファンドが出資した新会社に事業譲渡しました。大丸松坂屋との資本提携は解消しましたが、商標のライセンス契約や業務委託契約を結び、鳥取大丸の店名は引き続き使用しました」と、丸由百貨店社長の岡周一さんは当時の事情について説明する。
そして、その4年後の22年8月31日に商標の契約が切れ、2日間の休業の後、創業当初の名称である丸由(まるゆう)百貨店として再スタートを切った。店名を“まるゆう”にしてより読みやすくし、“ゆう”にはYouの意味も込めた。
「鳥取大丸としては最後の営業日だった8月31日、閉店時間になると、店のシャッターが閉まる瞬間を見ようと、玄関前がすごい人だかりになっていました。皆さんカメラをこちらに向けている。その光景を見て、ここまで地元のお客さまに親しまれてきたことを改めて実感し、新たな門出に向けて責任の重さを強く感じました」
来店動機の創出を図る
新生・丸由百貨店は再出発を機に「地域密着、原点回帰、時代に合わせた進化」を軸としたリブランディングを推進。「鳥取らしく、わたしらしく、◯YOU(マルユー)らしく」というキャッチコピーを掲げ、新たな店舗づくりを進めていった。
「まずは、ブランド店の商品ラインナップや、テナントの入れ替えを行いました。百貨店は顧客の年齢層が高く、今後は若い層にも来ていただかないと厳しい。既存の顧客層のニーズとのバランスを取りながら、大丸時代からのテナントである無印良品に加え、大型雑貨店のロフトもオープンしました。どちらも幅広い世代に人気がありますが、特に若い層の来店が増えることを期待しました」
