高齢化や過疎化が進み、一方では女性の社会進出など日本の社会は大きく変化している。しかし、これまでのビジネス形態では対応できない状況の中、‶自宅まで届ける〟ことで新たな市場を生み出し、業績を上げている企業がある。地域の特性に合わせた宅配・訪問ビジネスの現場に迫った……。
事例1 「オシャレしたい」に応え続ける日本最大の出張美容ネットワーク
リンデン・ビーアイ(栃木県佐野市)
病気やけが、足腰の衰えなどで、外出が難しい高齢者を対象に、20年前から美容・理容の出張サービスを提供し続ける企業がある。訪問した福祉施設、病院、一般家庭などは全国3000カ所以上、出張エリアは全国70以上と拡大中だ。いくつになっても「美しくありたい」という気持ちに寄り添うビジネスモデルが、笑顔を広げる。
社会福祉の視点でアプローチ
4人に1人が高齢者という超高齢時代を迎え、2030年には3・16人に1人が高齢者になるといわれている。65歳以上の高齢者の15%が認知症という推計データもあるほどで、老人福祉施設への入所問題はますます深刻化するばかりだ。
そんな暗い未来に一石を投じるように、全国の福祉施設を中心に、病院や一般家庭を訪れ、ヘアカットやカラー、パーマなどのサービス事業を展開しているのが「リンデン・ビーアイ」だ。法人としては平成20年の設立だが、出張美容・理容業務は9年に開始しており、今年でちょうど20年を迎える。
「これまでの日本を築いてこられた方々が、いつまでも明るく、元気に過ごしてもらえることは何か。そうした方々の笑顔が見たい。その一心で始めた事業です」
そう語る代表取締役会長の横井孝さんの言葉を受け、代表取締役社長の横井三枝子さんが続ける。
「美容師、理容師の中にはファッションはもとより、福祉に興味を持っている方が実はたくさんいらっしゃいます。12年に介護保険制度が始まるのに先立ち、県内7000の美容室、理容室に手紙を出して、福祉美容師、福祉理容師という働き方があることを伝えることから始めました」
ニーズに応えてフランチャイズを決意
栃木県では民間初のホームヘルパー養成講座を開催するなど、福祉理・美容師の必要性をいち早くキャッチし、二人は行動を起こす。当初は下りなかった県からの認可も受け、地元の福祉施設と連携して美容師、理容師の介護福祉の知識や技術、接客対応の意識向上に努め、出張美容・理容サービスの需要に応えていった。
また、福祉社会の充実を図るとともに、もう一つ事業の目的を掲げる。それが子育て支援への貢献だ。出産、育児を理由に離職する女性の美容師、理容師を雇用することで、女性のエンパワーメント、ワーク・ライフ・バランスの向上も推進している。
「スタッフの95%以上は女性で、子育て中の方が多いのが弊社の特徴です。出張サービスは日中できる仕事ですし、子どもの体調が急変するなどの事態にも、マネージャーがシフトを替えたり、スタッフ同士でフォローし合ったり、チームワークで支え合う体制を整えてきました」と三枝子さんは語る。
週2〜3回、1日3時間から働くことができる。離職期間が長く不安を感じている理・美容師には研修で意識や知識、技術をフォローアップするなど、利用者へのサービスだけではなく、働きやすい職場づくりにも注力してきた。
「認知症で常に不機嫌な方、身体の障害で意思疎通が取りにくい方など、さまざまな人とどう接していくか、技術や知識はもちろんですが、お客さまに喜んでいただける対応ができるかが何より大切です」(孝さん)
単に髪を短くカットするのではなく、利用者の希望のヘアスタイルやカラーリングを考慮した施術や丁寧な接客が口コミで広がり、県外からも出張依頼が増えていったことから、20年にフランチャイズ展開に踏み切る。サービスの質を維持するために、培ってきた経験を基に加盟店オーナー対象のマニュアルを1年かけて作成し、人材教育には時間と費用、そして労力を惜しまなかったという。
「加盟希望はあっても、弊社の理念を理解してくれる人には、なかなか巡り会えませんでした。それでもフランチャイズを推し進めたのは、サービスを希望される高齢者の方々の病状や寿命は待ったなしだからです。一人でも多くの方に笑顔になっていただきたい。収益向上を狙ったフランチャイズ展開ではないのです」と孝さんは力説する。
お金、モノ、人は後からついてくる
店舗を構えた美容室、理容室は、都市部ほど数が多く、値下げ競争や他店との差別化に向けて店舗やスタッフにコストを掛ける必要がある。一方、出張美容サービスは競合が少ない市場であり、移動時間が掛かるとはいえ予約制につきスタッフのウェイティング労務費が掛からず、さらに、店舗の返済費用や経費を抑えることも可能だ。
さらに同社では、一般財団法人認定の独自の研修を実施し、修了者を「BIリスト」に認定して、他社とは一線を画した専門スタッフであることを特徴づけている。衛生管理の徹底、損害保険の加入など、利用者やその家族の目線に立った配慮は、どこまでもきめ細やかだ。
こうした理念と、リスクの少ない安定したビジネスモデルに呼応するように、全国から二人の思いに賛同する人が現れる。今では全国に68カ所(28年11月現在)の事業所を数え、フランチャイズ事業を始めて10年で、日本最大の出張美容ネットワークを構築するまでに至った。
「培ってきた実績がベースになっていますが、商工会議所を通じて他業種の大先輩の経営哲学を学べたことも財産になっています」と三枝子さんは言う。
今年から、人材育成のために「福祉美・理容師の基礎講座」を開設。20年にわたる全国3000カ所での出張サービス経験から積み重ねたノウハウの要点を2日で習得できるものだ。
「お金、モノ、人は後からついてきます。これからも地道に事業を展開していくだけです」
‶働きたいけれど何をどう始めたらよいか分からない〟といった、就職やFC加盟などの経営の悩みにも無料で相談に乗る。離職者再雇用と、さらに加速する超高齢時代に向けた布石を打つ。
プロフィール
社名:リンデン・ビーアイ株式会社
所在地:栃木県佐野市堀米町3968-23
電話:0283-24-5681
代表者:横井三枝子 代表取締役社長
従業員:34人
※月刊石垣2017年8月号に掲載された記事です。
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