事例1 「地域の元気づくり」を合言葉に女性農家らが直売所を独自経営
陽気な母さんの店(秋田県大館市)
秋田県の中でも歴史ある温泉郷の一つ、大滝温泉(大館市)。江戸時代から続く名湯だが、今や温泉以上に全国に名を轟かせる店がある。体験交流型直売所「陽気な母さんの店」だ。女性農業者88人が公的資金を使わずに自力で開業し、今や年間販売総額2億3000万円に上る。
女性88人よりも男性一人の判の重み
国道103号――青森市から十和田湖を経て大館市を結ぶ幹線道路の沿道に「陽気な母さんの店」はある。約300坪の敷地に、約110坪の直売所と24坪の体験工房を構え、広い駐車場には買い物客の車の出入りが絶えない。
「野菜や果物などの生鮮食品は鮮度を大切にしています。うちのは朝採れです。そのために、あえてオープンは9時と他の直売所より遅めにしています」
そう言いながら代表取締役の石垣一子さんは、他の従業員と同じエプロン姿で颯爽(さっそう)と現れた。平成13年4月の直売所開設に尽力した一人で、代表取締役社長として60人以上の女性農業者を束ねる〝トップ・オブ・母さん〟だ。
直売所では、地元の農産物や加工食品のほか、併設の食堂では地元の中山手打ちそばなどを提供。離れの体験工房では、きりたんぽづくりやそば打ちなどの体験教室を開催する。季節によっては田植えや果物狩りなどの農業体験の受け入れも行い、修学旅行や団体旅行の立ち寄りスポットとしても好評だ。単なる直売所ではなく、交流の場や地域の情報発信の拠点として、話題性のある店として常に注目を集めている。
また、大館市ふるさと納税の特産品の提供や全国発送の野菜宅配便も行っている。今や地元や観光客だけでなく、全国規模でファンを増やしている。
「立ち上げ当初は本当に大変でした。この地域では女性の起業は当時珍しく、公的資金3億円が助成される話も、個人経営の直売所をはじめとした多数の反対意見で流れてしまいました。連帯保証人に女性88人の判を押しても、男性の判がないと融資さえしてもらえませんでした」と、当時を振り返る石垣さんの表情は曇る。
助成金なし、融資なし〝自腹〟で直売所を開設
もともと直売所を開設する以前も、女性農業者が集って朝市やビニールハウス前で農産物などの販売を行っていた。その活動を通して地域貢献、農村活性化の手応えを感じ、「常設の直売所があれば」という意識が高まっていく。ボランティア団体の大館市生活研究グループを推進母体に、女性農業者88人が賛同して直売所設置運動は広まっていった。これが陽気な母さんの店株式会社の前身である陽気な母さんの店友の会の始まり、平成12年のことだ。初代会長の田山雪江さんはその当時を振り返る。
「地元で話し合いの場をもっても、東北エリアに甚大な被害を与えた台風19号で手一杯だ。そう言って全く聞く耳を持ってもらえませんでした。市に予算をつけてもらって県内の直売所の成功例をいくつも一緒に視察しましたが、男性の方々は誰も首を縦に振りません。市議会に女性100人の直売所設置の要望をあげても男性7人の反対意見が通る。女性が起業する難しさを痛感することの連続でした」
公的資金なし、金融機関の融資もなしの状況で、田山さんを中心に、会員の出資金と販売手数料による独立採算での経営を模索する日々が続いた。やがて市や県の議会、市役所の職員から一人、また一人と男性の賛同者も現れて開設の助言をもらうようになり、建設会社の資材置き場の年間540万円15年間リース契約にこぎつける。そして、平成13年4月に直売所オープンを果たしたのだ。
「計算すると年間8000万円の売り上げがないと経営が苦しく、初年度の売り上げ目標は1億円と定めました。これをなんとか達成できたのは、友の会の会員一人ひとりが経営者意識をもって団結したことにあります」(田山さん)
初年度の総売上額は1億1000万円。翌年は1億4000万円と順調に売り上げを伸ばし、27年の返済完了まで、一度も施設リース料を滞納することなく、快進撃を続けていく。
「『100円、200円のものを売って1億円稼げるわけがない』と周囲は冷やかでした。でも、一日、一人単位で販売計画を綿密に立て、一月、年単位の売上目標を掲げ、仲良しグループではなく、組織だった経営に取り組みました」と田山さん。中でも功を奏したのが組織図を作成し、「一人一役」の役割分担を徹底したことにある。これが田山さんの言う「一人ひとりが経営者」と直結し、役員会議だけではなく、会員全員会議を月一回ペースで開いては売り上げの報告や意見交換を密に行った。
直売所の枠を越えて異業種と連携を図る
また、事業内容を販売だけではなく、食堂や体験、宅配と多角的に展開したことが功を奏す。
「15年には体験教室、出張販売も始めました。体験教室はきりたんぽづくりが人気で、多いときは200人が集まります。体験メニューも充実させて年間200回以上は開催しています。商店街活性化の一環で始めた出張販売も、地域の要望で今では15坪ほどの店舗を構えて年間3000万〜4000万円の売り上げです。学校給食の食材供給も、大館市の農林課や教育委員会に提案し、地産地消や地元食材でおいしさを子どもたちに伝える目的で取り組んでいます」
こうした取り組みが16年、全国商工会議所女性会連合会による「第3回女性起業家大賞」の最優秀賞を受賞した。さらに22年には、官民連携で「大館まるごと体験推進協議会」を立ち上げ、地域の活性化を目指す。
新たな企画を生み、行動し、広げていく。そんな〝母さん〟たちの存在そのものが、今や地域の名物であり、かけがえのない原動力となっている。
「第3回女性起業家大賞」最優秀賞受賞
社名:陽気な母さんの店 株式会社
所在地:秋田県大館市曲田字家ノ後97
電話:0186-52-3800
代表者:石垣一子 代表取締役
従業員:64人
※月刊石垣2017年4月号に掲載された記事です。
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