事例2 M&A承継 創業地から離れた工場買収でも地域に根差した企業を目指していく
鳥取最上インクス(鳥取県鳥取市)
鳥取市の工業団地の一角にある鳥取最上(さいじょう)インクスは今年4月、地元の金属プレス工場から土地と建物、設備などの資産譲渡を受けて操業を開始した。本社は京都市にある金属精密加工企業の最上インクスで、事業拡大のために従業員23人とともに工場を引き継いだ。本社から赴任した工場長が工場の運営管理を担当し、従来からの従業員とともに10年後に年商10億円を目指している。
従業員の雇用を守るために経営が悪化した工場を譲渡
最上インクスが資産譲渡を受けたのは、鳥取市で約50年にわたり操業してきた金属プレス工場である。この工場はここ数年の間に収益が悪化して資金繰りに苦しんでおり、平成25年からは「とっとり企業支援ネットワーク」(県内の商工団体と金融機関、産業支援機関などで構成)から企業再生に向けた支援を受けていたが、業況の改善が難しい状態となっていた。そこで鳥取商工会議所が中心となり、工場の事業譲渡に向けた取り組みを始めることとなった。
この取りまとめを担当した鳥取商工会議所総務課課長の清水亘さんは、今回の流れについてこのように説明する。「まず従業員の雇用を守るということが工場の社長さんの意向でした。この工場は設備も良く技術もある。そこで27年12月から事業譲渡先を探し始め、そこで行き着いたのが、工場と取り引きのあった京都の最上インクスさんでした。倒産間際の工場に発注しているからには、この工場に何らかの技術力を見出している可能性がある。また、鳥取県内に子会社を持っており、鳥取との関係もあることがその理由でした」
京都市にある最上インクスは、昭和25年創業の金属精密加工企業で、年商は約24億円。携帯電話やノートパソコン、車載電子機器などの精密部品や薄い金属板を使った部品の試作品開発と製造を行っている。同社の鈴木滋朗社長は事業譲渡を持ちかけられたときのことについてこう話す。「それは昨年7月のことでした。事業拡張を考えていた時期で、工場が手狭になり、別の場所に工場を新設することを考えていました。京都府内の候補地を検討していたのですが、どこも決め手に欠け、決めかねていました。そんなときに工場の買収を検討しませんかという話をいただいたのです。ちょうどいいタイミングでした」
100%満足の案件などない 懸念材料は自分で解決する
とはいえ、そこからトントン拍子に話が進んだわけではなかった。買収にあたっては懸念材料もいくつかあったという。
「われわれと同業で、これまでお付き合いがあり、工場と設備の両面で今の問題を解決できるので、会社の役員たちは買収に前向きでしたが、私だけは迷っていました。その理由の一つは京都から離れた鳥取という場所、もう一つは、これが最後まで迷った原因ですが、工場の従業員さんたちでした」
というのも今回の譲渡では、工場と設備だけでなく、従業員も一緒に引き継いでほしいというのが先方の希望だったからだ。
「鳥取の場所については、県内に子会社があり距離感はつかめていたので、決断できるレベルでした。しかし従業員さんに関しては、企業文化が異なる会社の人たちの人生を自分が責任持って預かる覚悟があるだろうかという点がありました。これは工場や設備を買うのとはまた別の次元の話ですから」
それでも最終的に買収を決断したのは、やはりタイミングだった。
「ほかにこれといった新工場の候補地がない中、今この話を流してしまったら、今後数年は別の移転先を探し続けることになり、それでも望む物件が見つからない可能性もある。望む条件全部を満たさないと買収しないというのでは、何も進まないと思ったんです。足りない条件は自分で解決すればいい。そう思い決断しました。また、自分が鳥取に行って工場を管理しますと言ってくれた役員がいたことも後押しになりました」
決めてからの流れは速かった。5カ月後の今年1月には子会社となる鳥取最上インクスを現地に設立し、譲渡の手続きを進めていった。
従業員全員が仕事を続け新たな工場づくりに前進
今回の譲渡は事業譲渡ではなく、土地と工場、プレス加工設備などの資産譲渡の形となっている。これによる最上インクスの鳥取進出に対し、鳥取県と鳥取市が支援することになり、今年3月14日、同社と県、市の3者による進出協定の調印式が行われた。進出費用は約4億円で、このうち県が約1億2千万円、市が3900万円を助成することになっている。
「今回の件では、鳥取の行政および鳥取商工会議所さんから多大なバックアップがあり、金銭面だけでなく手続きの面で困った際にも迅速に動いていただきました」と鈴木社長は語る。また、懸念材料だった従来からの従業員の雇用に関しても、志願して工場長となった栗林修二さんが買収前から工場を何度も訪れて従業員と個別面談を行い、会社の事業説明や本人の意思確認をしたうえで、23人全員が新しい工場に残ることとなった。
「会社説明の際、われわれが重きを置いているのは仕事を通じて人材を育てることで、自分たちの会社をこれから自分たちの手でつくっていこうと伝えました。稼働して約半年、今は順調に全員がその意志で前進しています。10年後には年商10億円という目標を果たすポテンシャルは十分にあると思います」と栗林さんは断言する。
新工場の今後の展望について鈴木社長は「地方にある工場だからといってコストの差益でもうけようとは考えていません。京都であろうが鳥取であろうが、新しい設備を導入し、新しい人材を雇用して、先端をいく工場にしていきたい。そして地域に根差した企業になろうと考えています」と語る。
成長を続ける別の企業への、従業員を含めた資産譲渡もまた、事業承継の一つの形である。なによりも従業員の雇用を守りたいという経営者は、これも選択肢として考えてみるべきだろう。
会社データ
社名:株式会社鳥取最上インクス
所在地:鳥取県鳥取市古海303
電話:0857-51-0039
代表者:鈴木滋朗 代表取締役社長
従業員:26人
※月刊石垣2017年10月号に掲載された記事です。
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