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まちの視点 ものをつくる商人

ジーンズの後ポケットに納まる長財布はお客の一言から生まれた

ICT技術の進展は、商業の世界にも大きな変化を求めている。これまで以上に、より安く、より便利で、より迅速であることが求められ、そこでは大手企業同士の競争が繰り広げられている。企業規模、資本力ある者が有利であり、中小事業者が同じ土俵で競うことは賢明ではない。今後、小さき者が生きられる領域はないのだろうか。

こうした時代でも、独自性を持った商品を創造できれば、どんなに小さな企業・店でも〝選ばれる存在〟であり続けられる。このときメーカーや製造小売業であれば自ら商品をつくること前提だが、これまで仕入れを主体としてきた商業者にとって〝商品開発〟のハードルは高い。 それでもやらなければならない──そう考え、ものづくりに取り組む商人を取材した。

やると決めたら即行動

岩手県盛岡市のジーンズカジュアルショップ「KIDANA」の店内には、サイズ直し用の縫製ミシンと並んで皮革用ミシンが据えられ、塗布した漆を乾燥させる室まである。そこは店というより工房であり、そこで店主の木棚裕永さんが牛革を型に合わせて切り取り、漆を塗っている。財布、名刺入れなどのオリジナル商品「NEN‐RING」はこうしてつくり出されている。

創業60年の同店がものづくりに取り組んだのは、ファッション業界全体がトレンドに強く影響されるようになる一方、自店の昔ながらのお客も高齢化し、年々売り上げが落ちていったことが契機だった。

「仕入れ商品だけでは自店の個性も出せず、トレンドの風向きに左右されてばかり。ならば自店で挑戦しようと考えました」

Tシャツでは新鮮味がない。そこで木棚さんが思いついたのが地元の牛革を使ったレザー小物。木棚さんは元技術者で、自分で物をつくることに関して抵抗はない。むしろ「やる」と決めたら素早く行動に移す。この気持ちが「ものが売れない」と愚痴をこぼすだけの事業者との違いだ。

最初のオリジナル商品、ブレスレットができたのが2012年。さらに地元の素材を探し求め、たどり着いたのが「漆」だった。漆は日本の伝統に根付く素材だが、いまや国産は消費量の15%にとどまるが、その約8割が岩手県産。そこで革に岩手県産の漆を塗布し、それを使った小物をつくろうと考えた。

しかし、革と漆を組み合わせた商品は、ほとんど存在しなかった。そもそも互いになじまない素材であり、安定した品質を保つためには高度な技術が求められた。木棚さんも試行錯誤を繰り返し、納得のいく品質でつくれるまでに3年の歳月を要した。

小さく始め改善を重ねる

木棚さんのように、ものづくりをするには「何をつくればいいか分からない」から始まり、「どこでつくれるか分からない」「どうやって売り出せばいいか分からない」など、できない理由を考えれば考えただけ、ハードルが上がっていく。多くの仕入れ事業者は、そこで躊躇(ちゅうちょ)する。

「オリジナル商品を考えているというのをお客さまに何げなく話したことがあったのですが、そのとき言われたのが、『やる! という気持ちが大切なのです』という言葉でした。私よりも熱い人でそういうお客さまの後押しもあったから、ものづくりができたのかもしれません」と木棚さん。ものづくりをしてみたいと考えている同業者へのアドバイスを求めると、こう話してくれた。

「まず、自分たちでできるものづくりから始めてみることです。そして、少しでもいいからものをつくって、店に並べてみること。それからお客さまの声を聞くこと。店に出せば何かしら意見をくれるお客さまはいるはずです」

たとえば同店の長財布は、あるお客の「ジーンズの後ろポケットからはみ出さない長さの財布がほしい」という一言から生まれた。カード類が重なるような工夫が施され、長さが短くなっている。

一方で、「駄目だと思ったら辞める勇気も必要」とのこと。店の経営を圧迫するほど無理にものづくりをする必要はないという。まずは自分の強み、店の強み、従業員の強み、そういった〝強み〟を見つけ出し、小さくものづくりを始めてみる。そこに自店ならではの価値が見つかるに違いない。

(笹井清範・『商業界』編集長)

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