起業して10年以内。そんな若い企業の経営者が選んだ分野は、競合他社の少ない新たな領域だった。しかし、競合他社が少ないゆえにその歩みは手探りにならざるを得ない。そのうえ、事業が軌道に乗り始めると新たな困難や競合相手が現れる。そのとき、彼らが取った一手とは?
総論 事業の成長は、「1と3の組み合わせ」
古田圡 満(こだと・みつる)氏/税理士法人古田圡会計
東京商工リサーチの調査(平成26年)によると、業歴10年未満の企業の倒産件数は2062件で、倒産件数(8642件)に占める割合は23・8%に達している。相変わらず厳しい経営環境が続く中で、2割以上の企業が「10歳の誕生日」を迎えることができない。それはなぜなのか。中小企業の経営に詳しい税理士法人古田圡会計代表社員の古田圡(こだと)満さんは、多くの経営者が「膨張拡大と成長拡大の区別がついていないため」と指摘する。
大成功ではなく小成功を積み重ねる
膨張拡大とは次のようなケースのことを言う。「売上高の増加に伴い仕入れ・人件費・経費が大幅に増え、税引き後利益が増えていない」「売上高も税引き後利益も増えているが内部蓄積ができずに資金が不足しており、借入金の返済ができていない状態が続いている」といったものだ。
他方、成長拡大とは売上の拡大は当然として、「長期借入金の返済を利益で賄えている状態」を指す。つまりキャッシュフロー計算書の営業キャッシュフローの額で借入金の返済ができている状態である。膨張拡大している企業は人材の育成が間に合わず事業の質が落ちる可能性も高い。そこで古田圡さんは「経営者は無理が生じる大成功を目指さず、着実にもうけを積み重ねる小成功を目指したほうがいい」とアドバイスする。
「社長が成功したい、財産を増やしたいという思いで起業することを否定するつもりはありません。創業当初は利益を蓄積するために賃金を上げられないこともあるでしょう。でも、創業10年を迎えることができたのであれば、社員や家族を幸せにする経営に切り替えるべきです。ところが社長は2000万円、3000万円という高給を得て、高級マンションや高級車の自慢をしている。その一方で、社員には長時間労働・低賃金を強いている例がとても多いのです。社員は社長の背中を見て育つのだから、社長自身が成長して人格を高める努力をしなければなりません」
古田圡さんは事業の成長を「1と3の組み合わせ」と説く。1人で起業したら3人の会社になることを目指す。3人になったら10人の会社になる努力をする。10人になったら30人の会社を目指す。創業10年の会社は、この辺りの規模なのではないだろうか。
経営計画書をつくると社長が変わる
そこで次にやるべきことは30人の会社を目指すために「一生をともにするナンバー2と出会うこと」だ。ナンバー2と出会うためには経営理念・経営ビジョンをつくり、志を共有しなければならない。30人の会社になったら3人の優秀な幹部を育てて100人の会社、300人の会社に育てていく。売上高・利益も同じように1億円→3億円→10億円→30億円→100億円というように「常に3倍を考えた長期事業構想」を練る。なぜ2倍ではなく3倍なのか。それは「過去の延長線上に未来はない」(古田圡さん)からだ。
では具体的には社長は何をすればいいのか。古田圡さんは「経営計画」をつくることを提案している。大企業が発表する経営計画は主に目標とする数字だけで構成されているが、中小企業の経営計画には、次のようなものを盛り込むと良いという。
①「経営ビジョン」(客と共有できるもの、社員が客に誇りを持って言えるものとする)②「経営理念」(会社をどのような価値観や使命感で経営していくかを表現したもの。全社員で共有する)③「経営基本方針」(会社の進む方向を示した基本方針)④「個別方針」(経営理念、経営基本方針と目標数値を達成するための項目別の方針。商品・サービスに関する方針、顧客に対する方針、新規開拓に関する方針などを盛り込む)⑤「中長期計画」(3年後、5年後に目指す会社の姿を示す)⑥「当期経営目標」(1年間に必要な利益と、それを得るために必要な売上高などの経営数値目標)⑦「当期数値目標」(利益や売上高など会社全体の数字を、月別・客別などに細分化した数値目標。月別利益計画、商品別販売計画などが該当する)
また、経営計画は、経営方針と数値目標で構成されるので経営計画書を作成するときは方針編と数値編の2冊に分けると良い。
「経営計画をつくると、社長自身が変わります。なぜ会社を経営するのかという原点に立ち返ることができるからです。また理念や方針を社長が口頭ではなく、文書にして何度も読み返せるようにしておくことで社員の理解も深まります。ただし社員に『社長の考えた経営計画は素晴らしい』『実現できるように努力しよう』と思ってもらえる内容にしなければ絵に描いた餅になってしまいます」
こう語る古田圡さんも苦い思いを経験している一人だ。「初めて経営計画書をつくって社員に協力を求めたときは、散々な結果となりました。その内容に共感してくれる社員は少なく、反発ばかりを招いてしまった」と振り返る。退社した社員すらいたという。その後何度もつくり直し、明文化された価値観に合う人だけを採用するようになって、ようやく社員の共感と協力が得られるようになった。
経営計画書をつくる中で学んだことは、会社を伸ばすために必要なことは実務的なスキルだけでなく、経営に関する幅広い知識、社員を育てることの重要性、社長が率先して行動することの大切さ、社会貢献の必要性といったことだそうだ。なお、古田圡会計事務所の経営計画書には「一生を通して社員の生活の安定と向上を図る」と書かれている。しかし、それだけでなく「給料はいくらもらえるのか」という社員の具体的な疑問に答えている。個別方針の一つである「社員に関する方針」を見ると、給与や待遇についてのメッセージが盛り込まれている。ここでは「給料は事務所所在地区でのモデル賃金よりも10%高い額を目標とし、1000万円以上の給料が取れる社員を10人以上とする」という目安を提示している。
実際に古田圡会計の給与水準は高く、100人~499人の事業所規模の平均給与が男性508万円、女性298万円(国税庁「平成25年分民間給与実態統計調査」)なのに対し、男性690万円、女性400万円である。
つくるだけでは不十分 全社員に周知徹底が必要
当然だが、経営計画をつくるだけでは不十分だ。その内容を全社員に伝えていかなければならない。古田圡さんの事務所では、期首に経営計画書を全社員に配布。毎週月曜の朝に勉強会を開き、その場で繰り返し説明しているそうだ。
「年度末に経営計画書を回収して利用状況を確認します。もし、新品同様の経営計画書が返ってきたら、社員の勉強不足であり、経営者の努力不足ということになります。経営理念や方針を全社員に徹底することに対して手抜きは許されないのです」
内容説明だけではなく、その達成状況を確認することも重要だ。例えば、定期的に全員参加の月次検討会を開くのもよいだろう。達成状況の確認作業は面倒でおろそかになりがちだが、絶対に必要なものなので定期的な検討会で確認する習慣をつけると効果的だ。
そして社員に当事者意識を持ってもらうことも忘れてはならない。社長が売上目標を示しただけでは、社員は当事者意識を持ちにくい。そこで、「個人目標」を社員自らに設定してもらうのだ。社員一人ひとりに「個人目標」があれば、ぐんと当事者意識が増すはずだ。この「個人目標」を一人ひとりが達成すれば、必然的に部門、店舗、会社の目標が達成できる。
「個々の目標は達成率ではなく、達成額で管理することがコツです。例えば、目標1000万円に対して、『90%の達成率』というよりは、『100万円足りない』と言った方が具体的な解決策を講じやすいのです」
付加価値経営を目指せ
古田圡さんから見た中小企業の経営環境、とりわけ大手製造業の下請け会社は厳しい状況が続いている。この環境の中でどうすれば利益を確保し、社員の幸せを実現していけるのだろうか。
「大手自動車会社が26年度下期と27年度上期の2期連続で下請け各社への値下げ要求を見送ったことがニュースになりました。ということは26年度上期までは円安などの追い風を受けて利益を上げていたのに値下げ要求をしていたということです。労働生産性の式は分母に労働時間や従業員数、分子に付加価値(粗利)を当てはめて計算します。大手企業は下請けに払うお金を下げるだけで生産性が向上しますが、下請け企業は納入単価が下がり、円安で仕入れコストが上がっているために粗利が減っている。労働時間はこれ以上増やせない。これでは先細るばかり。であれば他社がまねのできない新製品・新サービスを知恵を絞って開発するしかない。大変ですが頭を使わなければ生き残れません」
付加価値曲線が笑顔の口に似た「スマイルカーブ」(縦軸は付加価値・利益率、横軸は事業プロセス)に例えれば製造業の場合、研究開発や商品企画に力を入れて、他社のまねのできない付加価値の高いサービスを提供する必要があるというわけだ。
経営計画書によって経営理念や方針を共有した経営者と社員が一丸となって知恵を絞って突破口を探す――この先10年を生きるためには、これがポイントになる。
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