事例1 復活した三陸産「ホヤ」の味を全国の人に知ってもらいたい
三陸オーシャン(宮城県仙台市)
生命保険会社の支社長として辣腕(らつわん)を振るっていた木村達男さんは、約30年勤めた会社が外資系資本に買収されたことを機に退職を決めた。自分に何ができるのかを考えていたころに、長野の恩人の一言をヒントに出した答えは「生まれ故郷・宮城の味覚であるホヤを全国の人に知ってもらうこと」。家族や友人の反対を押し切り平成17年に水産加工会社の「三陸オーシャン」を設立、ようやく軌道に乗ってきた矢先、震災に見舞われてしまう。
まだやめるわけにはいかない
パイナップルのような独特の形と個性の強い風味を持つホヤの生産量は23年の震災前まで、宮城県が全国の生産の約8割を占めていた。農林水産省「平成22年漁業・養殖業生産統計」によれば国内生産量は1万272tで、主要産地は宮城県8663t、岩手県1093t、青森県479tだ。生産量の6割程度は主に韓国で消費され、輸出食材としても重要な産品だった。ところが震災による津波の影響で、石巻、気仙沼・南三陸地域の養殖ホヤは壊滅状態となってしまった。「起業して6年目の出来事でした。ホヤの味に慣れていない人でも食べやすいように考案したジャーキーや塩辛、みそ漬けなどの商品の販路が広がり、これからというときに女川町の工場が津波で流されたのです。生産機械と在庫品の全て500〜600万円相当を失いました」。
打ちひしがれ、立ち上がる気力を失っていた木村さんは半ば廃業を覚悟した。それでも苦しいのは自分だけではないと、養殖ホヤを供給してくれていた牡鹿半島の漁師を見舞った。「もっと悲惨な状況でした。大切な船だけでなく、筏(いかだ)も、作業小屋も、自宅も、全て津波に飲み込まれた。その憔悴(しょうすい)しきった姿を見て、かける言葉が出てこなかった。あの姿を見て廃業を思いとどまり、あと4年、何としてでも踏ん張ろうと決意しました」。
ホヤは種付けから収穫までに3、4年かかる。宮城県産のホヤが復活するまで会社を維持するには、よそからホヤを仕入れるしかない。北海道の業者に頼み込んで赤ホヤを融通してもらい、経費がかさんだ分は「宮城県の食品加工原材料調達等支援事業」の補助を受け、生産は「困っているときはお互いさま」と快く施設を貸してくれた仙台市の水産加工・卸売業者の海祥に委託した。
使えるものは使うが支援に甘えては駄目だ
被災から4カ月が経過した7月、三陸オーシャンは息を吹き返す。自社のホヤ加工品のほか、三陸産の昆布やワカメなどの他社の食材も積極的に売って歩いた。
「国や県の販路開拓事業や復興支援策は何でも利用させてもらいました。自費では参加が難しかった大規模見本市のスーパーマーケット・トレードショーやフーデックス・ジャパンにも出店することができて、三陸オーシャンとホヤ加工品の知名度を徐々に高めることができました」。23年度の売上高は約1900万円。22年度の約2420万円から、なんとか2割減にとどめることができた。
資金面では公的融資や金融機関からの借り入れだけでなく、ファンドを利用した調達も行った。クラウドファンディングを実施している、投資会社のミュージックセキュリティーズが募集した「三陸オーシャンファンド」では、乾燥機やローラー機などの設備費500万円、運転資金500万円の計1000万円の出資を募った。
「皆さんの支援は本当にありがたかったけれど、甘えてはいけないと肝に銘じました。消費者は復興支援の気持ちで商品を一度は買ってくれる。でもリピーターになってもらうためには、商品自体がおいしくなければならない。そこで、販路開拓と併行して商品開発にも力を入れました」
「伊達な商談会」で販路開拓
木村さんが販路開拓で最も頼りにしたのは、東北六県商工会議所連合会・宮城県商工会議所連合会・仙台商工会議所が主催する事前予約型個別商談会「伊達な商談会」だったという。「一般的な商談会では主催者が文書や電話でバイヤーに参加を依頼することが多いのですが、伊達な商談会では商工会議所のコーディネーターがバイヤーのもとへ直接出向いて参加を要請し、商談中は付き添ってアドバイスをしてくれる。さらにバイヤーに対して商談結果の報告まで求めます」。
伊達な商談会ではコーディネーターの「熱い気持ち」をひしひしと感じるという。だからバイヤーも本気で商談に臨むため、成約率は「当社の成約率はよその商談会では5%にも満たないのに、伊達な商談会は50%という高さです」と木村さんは喜ぶ。
25年秋に参加した伊達な商談会ではANA(全日本空輸)との取り引きが決まった。26年4月からANAラウンジで「三陸ねばとろ三昧」(ワカメの茎などを使った海草加工品)の提供が始まり、ANAの国際線、国内線の機内食には「赤ほや塩から」が採用された。「赤ほや塩から」は当初9月から11月までの提供だったが、ビジネスパーソンの人気が高く、今年2月まで延長提供が決まったという。
複数の新商品も開発が進んでいる。宮城県の支援事業では、高速道路のサービスエリアなどで提供することを目標とする「ほやバーガー」「ほやハンバーグ」の実用化が目前だ。26年度の売上高は22年度水準(約2400万円)に戻る見込みで、それ以降は新商品、新たな販路という成長の種が一斉に芽を吹きそうだ。「小さな会社なので、今年の抱負を『選択と集中』と定め、今やるべきことを選択して経営資源を集中させます」と木村さんは気を引き締める。
同時に恩返しの意味も込めて人材の育成を始めたいという。まずはやる気のある学生の長期インターンシップを受け入れることにした。「前職でOJTには慣れていますから、社会に貢献できる人材に育ててお返ししますよ」。三陸オーシャンは新たな成長へ向けて大きな一歩を踏み出した。
会社データ
社 名:株式会社三陸オーシャン
住 所:宮城県仙台市青葉区栗生3丁目17-1-105
電 話:022-398-4205
代表者:木村達男 代表取締役
従業員:1人、インターン1人。他にアルバイト
※月刊石垣2015年3月号に掲載された記事です。
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