西の代表・椿と日本三大うどん
飛行機で長崎から30分、福岡から40分で五島福江空港に着く。五島市へはジェットフォイルやフェリーでも行ける。陸路でない、空路や海路でのアクセスに、「離島」ということを改めて意識する。まだ降り立ったことのないこのまちにわくわく感が高まる。
五島市は九州の最西端、長崎県の西方海上約100㎞に位置する。大小152の島々から成る五島列島の南西部にある。総面積420・04㎢、11の有人島と52の無人島で構成され、ほぼ全域が西海国立公園に指定されている。対馬海流などの影響で年間平均気温は約17℃と温暖で、一年を通して過ごしやすい。
五島市では、四季折々の豊かな自然景観を楽しめる。中でも、五島福江空港の通称が五島つばき空港であることからも分かるように、椿は格別だ。東の大島、西の五島と並び称されている。五島市には現在、50種類、約900万本が存在し、昔から野生のやぶ椿の群生が多かったという。その中でも有名なのが「玉之浦椿」だ。五島市の玉之浦で発見されたのが名前の由来。やぶ椿の突然変異で赤い花びらに白いふちが入っていて、幻の椿といわれている。五島市では、椿は観賞用だけでなく、実を使った椿油の生産にも力を入れている。椿油にはオレイン酸が多く含まれ、肌を健やかに保つ作用がある。そのため、食用のほか、資生堂のヘアケアブランド「TSUBAKI」にも採用されるなど、化粧品にも活用されている。このような産地なので、2020年には、五島市で国際椿大会が開催されることが決定している。
自然の恵みによるおいしいものは数あるが、五島手延うどんは忘れ得ない。稲庭、讃岐と並んで日本三大うどんと称される。食用の椿油を塗りながら繰り返し引き伸ばし、乾燥させて麵にするため、なめらかなのどごしが特徴。遣唐使の時代に、五島列島に伝わったといわれる。元寇の役で捕虜となり、五島に住みついた中国人の教授説など数多くの伝承が残っていて、起源は確かでないものの、大陸から伝わったことは間違いないようだ。
また、東シナ海の豊潤な海に四方を囲まれた五島市では、漁業も盛んだ。他の地域と同様、漁業従事者の減少や高齢化が進んでいるため、漁獲量は減少傾向にある。そこで水産業振興のために、マグロの養殖事業が進められている。
国境の離島の特性生かし布石を打つ
五島列島は、その昔遣唐使の寄港地で、東西文化の重要な中継点でもあった。遣唐使や倭寇、潜伏キリシタンなどの歴史を刻む。その五島列島の中心として栄える福江島にある福江商工会議所。清瀧誠司会頭は、五島列島をどう見ているのだろうか。
「五島列島は国境の離島。これはどこのまちもまねできない、五島の特性です。自然の豊かさは農林水産業で大きな恩恵をもたらしてくれています。それに、交流人口の拡大には、観光産業も大いに期待できます」
五島列島と他地域との関係は、島国である日本と諸外国の縮図だという。少子高齢化や若者の流出といった問題は他の地域より先にやってきた。五島市は農林水産業、土木など公共事業によるところが大きかったが、それらが減少し、観光を一つの産業と着目するようになっていったのだ。だからこそ、地方創生の重要性には早く気付き、実行に移していた。
熊本県で生まれ育ち、社会人になって五島市に来た清瀧会頭は「よそ者」だからこそ、客観的な視点も持つ。「おもてなしは五島の誇り。あえて訓練する必要がないほど、五島の人そのものがおもてなしになっています。会って話していただいたら、すぐ分かります」。
一方、離島ならではのマイナス面も認める。「現状では大規模な企業や店舗の進出がありませんので、地元企業がなんとか踏んばれています。だからといって、後ろ向きではどうしようもない。今後に向けて布石を打っています」
キリシタン文化の世界遺産登録目指す
五島市の地域資源としては、風光明媚(めいび)な景色のみならず、時代に応じた歴史、その歴史遺産も挙げられる。県指定の有形文化財の教会や色鮮やかなステンドグラスは異国情緒あふれ、目を見張る。
キリスト教は、天文18(1549)年にフランシスコ・ザビエルにより日本に伝えられ、西日本を中心に短い期間で広がった。最初のキリシタン大名、大村純忠によりイエズス会に寄進された長崎は、日本におけるキリスト教布教の中心となった。下五島(福江島、久賀島、奈留島)へのキリスト教は、永禄9(1566)年、領主宇久純定が修道士二人を五島に招いたことから広がっていった。しかしながら、豊臣秀吉による伴天連追放令に始まり、江戸幕府による幕藩体制の確立と島原の乱などによる鎖国とともに、キリスト教は禁教とされた。キリシタン弾圧が続き、下五島ではついにキリシタンは絶えたといわれる。キリシタンの消滅後、百数十年の時を経て寛政9(1797)年の大村藩から五島藩への農民(潜伏キリシタン)の移住で再びキリスト教の歴史が密かに刻まれていく。またもや明治時代にはキリシタン弾圧(牢屋の窄(さこ)殉教事件)が起こり、下五島全域での迫害がひどくなった。ようやく明治6(1873)年の禁教の高札が撤廃され、大小さまざまなカトリック教会が県内各地に建てられていった。現在でも130以上の教会が点在しているが、それらの多くが隠れて信仰を守り伝えてきた集落に、信徒達が財産と労力を惜しまずつくったものといわれている。
教会は単独でも観光資源としての価値がある。複数の価値ある教会をストーリーでつなぐことができれば、広域観光が加速し、魅力が増す。教会がブランド化されれば、箔(はく)が付く。広域観光とブランドを満たすのは「世界遺産」構想だ。
五島市にある奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)と久賀島の集落をはじめ、長崎市、佐世保市、平戸市、南島原市、小値賀町、新上五島町、熊本県天草市の12の構成資産から成る「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産の候補になっている。この遺産は、キリスト教が禁止されている中で長崎と天草地方で日本の伝統的宗教や一般社会と共生しながら信仰を続けた潜伏キリシタンの信仰継続に関わる伝統の証。平成29年夏ごろに行われる専門機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)の現地調査を経て、30年の世界遺産登録を目指す。五島市は世界遺産登録の推進はもとより、その後も見据えている。
浮体式洋上風力発電も観光資源に
清瀧会頭は五島市の自然、世界遺産登録を目指すキリシタン文化に、浮体式洋上風力発電事業が加わると、観光産業に厚みが増すと考えている。「世界遺産に認定されたとしても、観光には賞味期限がある。だからこそ、さまざまなものを兼ね合わせていく必要がある」と、浮体式洋上風力発電事業者の誘致と五島市での組み立てを、福江商工会議所が取り組むべき事業の大きな柱に掲げている。
洋上風力発電は、環境省が22年度に実施した調査によると、再生可能エネルギーの中で最も大きい導入ポテンシャルがあることが確認されている。水深50mぐらいまでの海底に固定する着床式と浮きのように海に浮かぶ浮体式の2つの方式があるが、水深がすぐ深くなる日本では浮体式が有効。浮体式は世界で実証事例は2例しかなく、最先端の技術なのだ。
25年10月、日本初の商用規模浮体式洋上風力発電施設「はえんかぜ」が五島市椛(かば)島沖に置かれた。実証実験終了後は2000kW風車を搭載した実証機の設置が完了し、発電を開始している。
このような日本初の技術であれば、全国各地から視察に訪れる、貴重な観光資源となる。「マグロの養殖事業で関係者が県外から大勢訪れ、空港で椿製品などお土産の売り上げが伸びている」ことから、祢宜(ねぎ)渉副会頭も来島者の増加にさらなる期待を寄せる。五島市には洋上風力発電を10基つくる計画があり、市内企業が各段階に応じ受注できれば、雇用創出や企業の事業拡大にもつながる。経済波及効果は年間37億7000万~57億2000万円になると試算している。
国境離島新法が島民を後押し
五島市にとって、企業活動の面で追い風となるか――。五島列島など国境に接する離島の人口維持や保全を目的にした国境離島新法が29年4月1日に施行された。
雇用創出では、雇用増を条件に、創業の場合は最大450万円、事業拡大の場合は最大1200万円の設備投資や人件費などを補助する。島産品のブランド化や販路開拓に取り組むための地域商社も始まる。輸送コスト高といったハンディに対しては、輸送のコストが下がり、島外へ運ぶ農水産物23品目と、各品目につき1品ずつ島外から仕入れる原材料などが補助の対象になる。事業者は最大8割の負担軽減になる。そのほか、船舶、航空運賃が安くなるなど、多彩な支援措置が講じられる。
清瀧会頭は今後、農産物の加工をはじめ、製造業を育てていきたいとしている。そして、五島市をトワ・エ・モアの歌『この街で』の「この街で生まれ この街で育ち この街で出会いました あなたとこの街で この街で恋し この街で結ばれ この街でお母さんになりました」のようなまちにしたいと思い描く。
五島市もご多分に漏れず人口減少が最大の課題。「この50年間で人口が半減してしまいました。これを元に戻すことはできませんが、減少を若干でも食い止めることは可能だと思います。この歌のようなまちをぜひ実現させたい。若者が出会い、子どもが生まれ、このまちに住む。それには若者が定着するよう、雇用の場をつくり、子育て支援などを行い、住みやすいまちにしなければならない。それには商工会議所だけでなく、行政や関係するあらゆる団体の協力が必要です。そして、新たなまちづくりが求められます。高齢化が進んだまちは病院やスーパーマーケットが近くにあるコンパクトシティでなければ」と展望する。
五島市は自然、教会など見どころが多数あり、期待を裏切らなかった。近い将来、浮体式洋上風力発電による「エコな島」が定着しているだろうか。可能性を秘めた離島・五島の展開が楽しみだ。
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