バブル崩壊以降、下がり続けた物価の中でも、ジーンズは象徴的な商品だ。2009年にファーストリテイリングが展開するカジュアル専門店「ジーユー」が990円ジーンズを発売すると、競合が相次いで低価格ジーンズ市場に参入。結果、複数の国内大手ジーンズメーカーが経営破綻し、街からジーンズ専門店が消えていった。
低価格競争による市場淘汰はさまざまな業界で見られた。家具業界もその一つ。海外生産のプライベートブランドを郊外大型店で廉価販売するビジネスモデルが業界を席巻。家具を消耗品として大量販売するチェーンが成長する一方、街の家具店は減り続けている。粗利益を削った過度の安売り競争の揚げ句に、多くの企業が事業資源を減耗させていった。しかし、それとは逆の行き方で確実に成長してきた企業もある。
本物を目指して自社開発
妙高市(新潟県)にあるジーンズショップ「マルニ」は、売り上げが毎年2桁増という成長を続けている。粗利益率も40%台後半と高い。
その理由は純国産のオリジナルジーンズにある。価格はナショナルブランドの2倍以上だが、ここにしかないデニムを求めて、県内外から多くのジーンズ好きが来店するのだ。「きっかけは、90年代初頭に米国ジーンズメーカーの工場を見学したときのことでした」とは経営者の西脇謙吾さん。「そこでは生産効率が重視され、まるで工業製品のようにシステム化された製造ラインでジーンズが大量生産され、安い賃金でメキシコ移民が働かされていました。それまで憧れだったアメリカブランドに失望した瞬間でした」
そこで西脇さんは、質の高い国産ジーンズ製造で知られたメーカーを説得して、96年に最初のオリジナルジーンズを発売。生地から染色、縫製まで一切妥協しないでつくり上げた商品は、トップブランドよりも価格は高いものの、瞬く間にジーンズファンの支持を集めていった。
さらに09年には、地元の英雄、上杉謙信の旗印である「毘」をラベルにした2万円のオリジナルジーンズを開発。リーマンショックで時代は低価格トレンドの風が吹いていたが、安ければいいという人ばかりではない。今や同店の主力商品として、多くのファンに愛されている。 「本物をお客さまに。それがお客さまに伝わっているから高くても買ってくれるのです」という西脇さんの確信はぶれない。
高くてもいいものを伝える
長野市は善光寺の門前通りに店を構える「松葉屋家具店」は創業1833年。売り上げは直近5年間で2倍近くに増え、粗利益率も50%半ばに迫る。その特徴は、原木から選び抜いた一枚板のテーブルなど、世代を超えて使い続けられる商品づくりにある。 「単純に当たり前のことを大切にしたい。例えば、なぜ家具が使い捨てられてしまうのか。使い捨ての家具と一生使える家具のどちらがいいかと言えば、後者の方だと思うのです」とは経営者の滝澤善五郎さん。
しかし、現実の市場には前者の製品があふれている。1円でも安く売るために、原材料や生産コストを削減し、大量生産・大量販売する。そして、お客は家具を消耗品として使い捨てする。 お客のために本当にいいものを提供するには、それ相応のコストが掛かり、製品の価格は高くなる。それでも一生ものなら、決して高くはない。
松葉屋は、その「高くてもいいもの」の価値を丁寧にお客に伝え、長く使ってもらう道を選んだ。それは商売として覚悟がいるが、滝澤さんは淡々とこう言う。 「所帯が小さいからできる。私たちは店の規模や売り上げを不相応に大きくしようとは考えておらず、松葉屋を磨いて磨いて底光りするくらいにしたい。そして、自分たちができることを誰かのために命懸けでやりたいだけです」
この確かな価値観にお客は共鳴する。安売りに頼らない店にはそれがある。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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