電気自動車(EV)で世界の主導権を握った観もある中国メーカーが、東南アジアへの攻勢をかけ始めた。上海汽車は買収した英国MGブランドで生産・販売しているEVを中国から輸入し、2019年からタイで販売しており、タイのEV市場のトップ。長城汽車は猫の目のようなヘッドライトを特長とするEV「Ora Good Cat」を21年11月に発売。バンコク中心部のシーロムのショッピングモールにあるショールームは現地の日本メーカー関係者の「タイではEVは3年早い」という予想を覆してにぎわっている。
自動車専門家がタイはもちろん東南アジアでのEV販売を時期尚早と見るのは、充電インフラが整っていないからだ。ショッピングモールの駐車場や公共施設などごく限られた場所にしか充電スタンドはなく、中国の2社も自社の販売店やガソリンスタンドなどに自前で急速充電設備を設置しつつあるが、地方への普及は見通せない。にもかかわらず、EVに関心が集まるのには、コストの安さがある。車体価格こそ100万バーツ(約340万円)前後とガソリン車より割高だが、走行コストはガソリン車の5分の1程度。ガソリン価格が高騰する中で、EVは魅力を増している。
もともとタイやインドでは、ガソリンより安い液化石油ガス(LPG)や圧縮天然ガス(CNG)を燃料とする車が広く普及しており、燃料費には極めて敏感。燃料補給場所の少なさなど不便さより走行コストが重視されている。EVを航続距離や充電インフラで敬遠する人の多い日本とは、評価の軸が異なることに注意すべきだ。ベトナムでも民間の大手複合企業、ビン・グループ傘下のビンファストが既にEV生産に乗り出している。バッテリーを定額利用のサブスクリプションで供給し、車両価格を抑えるビジネスモデル。ドイツメーカーの支援もあり発表しているセダンのレベルは高い。
日本メーカーはEV市場が急拡大する中国でこそEVの開発、市場投入を急ぎ始めたが、東南アジアではまだ動きが鈍い。対照的に中国勢は長城汽車が、撤退した米GMの工場を買収し、23年からEVのタイ生産を始める予定。日本企業の投資で東南アジア最大となったタイの自動車産業集積は、ガソリン車向け需要が縮小し、EV向けが急成長する大転換期に間もなく突入するだろう。日本の中小製造業は先入観や思い込みではなく、現地の肌感覚で市場の先行きを読み、人に先んじて行動することが必要だ。
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