一般住宅の外構工事を主事業とするイトウ建材店は、岐阜県瑞浪市を拠点にエリアトップクラスの施工数を誇る。2023年に三代目で代表取締役に就任した伊藤太一さんは、幼い頃から働く父親の姿に憧れを抱いて育った。前職の金融業で培ったスキルを創業72年の家業の経営に生かし、100年企業を目指す。
人生を方向付けた幼少時の働く父の姿
岐阜県瑞浪市は、土岐一族発祥の地といわれ、近隣の土岐市、多治見市と並ぶ〝陶器のまち〟である。ゴルフ場の多さから〝ゴルフのまち〟としても有名だ。
1954年、この地で創業したイトウ建材店は、セメントなどの左官材料の卸売業者としてスタートした。初代・伊藤健一さんから息子の裕一さんが事業を承継して外構工事を始めると、これが地域ニーズに合致。地元工務店からの依頼が増え、主力事業へと成長していった。
「左官職人さんに資材を買ってもらう立場から、施工を発注する立場になりました。取引先も地元の工務店から複数の大手ハウスメーカー、名古屋を拠点とする工務店へと広がり、瑞浪市を中心に岐阜・愛知一帯で施工数を増やしていきました」
そう語るのは、初代の孫であり、2023年に代表取締役に就いた伊藤太一さんだ。親子3世代にわたる、地域でも有数の老舗企業である。伊藤さんは、子どもの頃から誰に言われるでもなく、家業を継ぐことを意識していたという。「どんな仕事か分かっていませんでしたけどね」と笑い、こう続けた。
「働く父への憧れがあって、小学校の卒業文集にも家業を継ぐと書いた記憶があります。その後も他の仕事を考えなかったわけではありませんが、就職活動時は家業を継ぐことを前提に就職先を選びました」 先代と同じ慶應義塾大学を卒業した伊藤さんは、経営者になることを見据えて金融業界に飛び込んだ。
数字が読めて、信頼も厚い後継者として成長
「いろいろな経営者と関われて、学べることが多いと考えての進路です。父にも家業を継ぐ気であることを伝え、みずほフィナンシャルグループに入社しました。入社して3年間は法人営業の担当となり、その後、IT分野に異動してシステム開発を3年間、さらに2年間は企画部門で各部署の予算配分や収益の集計、会議のペーパーレス化などを進めました。3年で辞めるつもりが、仕事も東京暮らしも充実していて、気付くと在籍期間は約8年。年齢も32歳となり、父も60代に。父から多くのことを学びたいと考え、14年3月に退職し、同年4月に家業に入りました」
入社後、すぐに会社経営に携わるのではなく、約半年間は職人の助手として施工現場に入った。前職とは全く違う業種で、体力勝負の重労働。特に夏の酷暑を経験して、職人への敬意の念が増したと振り返る。その後、多治見市にある支店で現場監督を務め、支店長や先輩社員からも多くの知見やスキルを学んだ。
「本社に戻ると、退職したベテラン営業マンの後任になりました。担当が変わって売り上げが落ち込まないように、特に意識したのは職人さんとの信頼関係の構築です。そのためにも、職人さんに定期的に仕事を発注できるように、積極的に仕事を取りにいきました」
