Q 固定残業手当を支給すれば、その一定時間内の残業代は支払う必要がなくなると聞きました。基本給と固定残業手当の合算額を一般的な給与水準とし、固定残業手当部分を80時間の残業代相当額としたいと思いますが、問題はありますか。
A 労使協定で、臨時的な特別事情があるときに月80時間の時間外労働を可能とすることはできますが、労基法の規制上、月80時間の時間外労働は例外です。80時間分の固定残業手当を支払うことは、長時間労働を誘発しかねず、また、月80時間の時間外労働は、脳・心臓疾患の可能性を高くするもので、健康を損なう危険があります。80時間分の固定残業手当の定めは、公序良俗違反として無効となる可能性が高いでしょう。
使用者は、労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者との間で、労基法36条の協定(36協定)を締結した場合、労働者に対し、法定労働時間を超える労働(残業)をさせることができます。労働者に時間外労働をさせた場合、使用者はその時間数について、通常の労働時間の25%以上(月間60時間を超えたときは50%以上)の割増賃金を支払わなければなりません(労基法37条)。
固定残業手当の限界
最高裁の判例上、労基法37条は、同条により算定された割増賃金額を下回らない額を支払うことを義務付けるにとどまり、固定残業手当にあらかじめ含めることによって割増賃金を支払う方法は、同条に反しないとされています。そのため、賃金制度の中に固定残業手当を定める企業も少なくありません。
しかし、固定残業手当により長時間の残業代を定めることは、一概に有効というわけではありません。
労基法上、労使協定における時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間であり、臨時的な特別事情がある場合であって労使が合意する場合でも、時間外労働は年720時間以内、時間外労働と休日労働の合計で月100時間未満、2~6カ月平均で月80時間以内とする必要があります。
このように、法律上、時間外労働の上限が定められ、労基法37条が使用者に時間外労働について、割増賃金を支払うべきことを義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働を抑制しようとする趣旨があります。
時間外労働と健康
また、厚生労働省労働基準局長通知「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(令和3年9月14日基発0914第1号・改正令和5年10月18日基発1018第1号)は、脳・心臓疾患の発症が業務上のものと認定されるための具体的要件を定めたものですが、脳・心臓疾患の発症前1カ月間に約100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月当たり約80時間を超える時間外労働が認められる場合、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされています(「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」による)。
このように、長時間の時間外労働は法律上制限されているだけでなく、健康にも大きな影響を及ぼします。
ご質問のケースは、固定残業手当を月間80時間の時間外労働相当分とする方法ですが、月間80時間の時間外労働は、たとえ労使協定で臨時的な特別事情があるときは可能とされていても、毎月固定残業手当を支払うことは毎月80時間の時間外労働を誘発しかねません。また、労働者の健康を損なう危険があるものとして、公序良俗違反により、固定残業代としての定めは無効となる可能性が高いでしょう(民法90条)。
その場合は、固定残業代の金額は割増賃金の算定基礎に入るため、実際の時間外労働時間に応じた割増賃金を支払わなければなりません。
(弁護士・山川 隆久)
