第20回アジア競技大会が9月19日〜10月4日、第5回アジアパラ競技大会が10月18〜24日、愛知県名古屋市などで開催される。国内製造業の一大拠点として知られる東海地区には、自社の培ってきた自慢の技術を転用しスポーツ分野にも領域を広げている企業もある。そこで、熱戦が期待される同大会に負けない東海地域のものづくり企業の熱い思いを届けたい。
特殊鋼×フィギュアスケート 金メダリスト愛用のブレードが誕生
愛知県名古屋市にある山一ハガネは、特殊鋼と呼ばれるさまざまな種類の金属の商社で、事業の中心は自動車部品の金型関連である。同社は、2026年のミラノ・コルティナ五輪で金メダルに輝いた「りくりゅうペア」こと三浦璃来(りく)選手・木原龍一選手のスケートのブレードを手掛けて全国的に有名になったが、特殊鋼のプロならではの高い技術を応用したものだった。
危機感から経営を改革「ワンストップ」に挑戦
山一ハガネは1927年創業で、名古屋市に本社を置き、創業当時から自動車部品の金型などに使用する特殊鋼を販売している商社である。現社長の寺西基治さんは95年に入社した際、自社の在り方に強い危機感を抱いた。
「仕入れて在庫するだけの商売なら、当社でなくてもいい。当時は景気が右肩上がりでしたが、景気が悪くなったらどうなるのかと思いました」と寺西さんは振り返る。そこで、既存の下請け構造や単なる在庫売りから脱却し、自社ならではの特徴を出すため、事業の「川下展開」を決断した。材料を切った後は削り、削った後は熱処理、熱処理の後は仕上げ加工を施し、寸法が合っているかをチェックする。顧客がそのまま使える状態にするため、あらゆる工程を社内で完結させる「ファクトリーモール」構想を掲げたのである。
さらに「山一ハガネでなければ」と言われるブランディングのため、設備投資を推し進めた。業界では先駆けて材料の個別在庫管理システムを導入。小口注文に対応するため、ドイツ製の自動倉庫(自動ラック、自動切断機)を導入して24時間フル稼働体制を構築した。また、清潔で静かな熱処理工場、ミクロン単位の高度な加工機や3次元測定機なども導入し、次々に改革を進めた。こうして同社は、高付加価値のワンストップ体制を築き上げた。
ヒントは日本刀のハガネ 塊から削り出すブレード
高付加価値化への取り組みが進んでいた2013年、同社に大きな転機が訪れた。顧問税理士を自社に招き、製造業としての原価計算の仕組みづくりを相談していた時のことだ。社内の精密測定機を見たその税理士から「人の身体も測れるの?」と尋ねられ、「できる」と答えたことがきっかけとなった。愛知県はトップ選手を輩出する「フィギュアスケート王国」として知られるが、偶然にも、同社の顧問税理士とバンクーバー五輪などに出場した小塚崇彦選手の父親が幼なじみであった。小塚選手は、スケート靴をつくるたびにイタリアへ足を運んでおり、コストも時間もかかっていたため、同社の測定機を使って彼の足型を測定できないかという依頼が舞い込んだ。
足型測定のために小塚選手が来社した際、持参したスケート靴のブレードを目にして、寺西さんは衝撃を受ける。刃が曲がったり錆(さ)びたりするなど、劣化が見られた。従来のブレードは3つのパーツを溶接した構造で、素材も普通の鉄板に見えた。このため、ジャンプやスピンなどで力がかかるとブレードが曲がったり折れたりし、数カ月ごとに交換しなければならない。そのたびに、選手たちは練習で積み上げた感覚がリセットされる試練に直面していたのである。選手たちは自分の滑りをブレードに合わせて変えざるを得なかった。ブレードへの違和感も、選手自身の技術でカバーする対応が求められることもあったという。
「当社の材料と加工技術を使えば、絶対に良いブレードができると思いました」と語る寺西さん。溶接構造ではなく「特殊鋼の塊から一体構造で削り出す」というコンセプトを即座に導き出した。そのアイデアの背景にあったのが、寺西さんが造詣を深めていた「日本刀」である。日本刀は、材料となる鋼の硬さと靭性(じんせい)(粘り強さ)が絶妙なバランスで「折れない、曲がらない、よく切れる」という極めて高い機能性を持つ。その技術を応用すれば、「折れない、曲がらない、よく滑る」という最高のスケートブレードができると確信したのだ。
