1963年に東京都立川市で創業以来、名刺や商品パッケージなどの印刷を主軸に請け負ってきた福永紙工。同社はのちに紙や印刷技術の持つ可能性をテーマにした創作にも乗り出し、2010年に「空気の器」を発表した。あえて実用にこだわらず、自由な発想から生まれた同製品は異例のロングランヒットを飛ばし、下請けだった町工場の第二創業を実現した
自社にクリエーティブな部分がまったくないことに危機感を抱く
この製品は実際に見たり触ったりしないと、どんなものか理解するのは難しいだろう。もとは1枚の丸い紙で、底となる中心部以外に細かい切り込みが入っている。その切り込みを内側から徐々に広げていくと、空気を包み込むように伸縮して器の形になる。その名も「空気の器」。広げ方によって微妙に完成形が異なり、一度成形するとその形が保持されるという、なんとも不思議なプロダクトだ。
「建築家と恊働して、紙をテーマにした道具を考えていたら、出来上がったのがこれでした」と同製品を製造・販売する福永紙工社長の山田明良さんは説明する。
実用品でもオブジェでもない、ジャンル不明の同製品は、国際見本市への出展を機に注目され、現在、MoMA(ニューヨーク近代美術館)、国立新美術館や金沢21世紀美術館など国内外のミュージアムショップ、百貨店や専門店などで販売されるようになり、世界中でファンを獲得している。
創業以来、名刺や商品パッケージの印刷を主事業としてきた同社が、“創作”に乗り出したのは2006年のことだ。インターネットの普及により紙のメディアが減り始め、業績はじりじりと下降線をたどっていた。「今後順調にやっていけるかといえば疑問」だと、会社に足りないものは何かと考えたとき、「クリエーティブな部分がまったくない」ことに思い至った。
「仕事を取り合って、価格競争になるのが嫌でした。もし、クリエーティブという付加価値があれば、仕事の自由度が上がるのではと考えました。それに何より僕自身、新しいことがしたかったんです」
クリエーターと恊働で紙の新たな可能性を追求する
山田さんは1993年に、先代社長の娘との結婚を機に同社に入社した。前職はアパレル会社で営業を担当し、デザインが好きだったこともあり、印刷業界にどこか物足りなさを感じていた。そんなとき出会ったのが、隣の国立市にある「つくし文具店」だ。店主の萩原修氏は、クリエーターと地元の企業をマッチングして、まちを活性化する取り組みを展開していた。すぐに意気投合し、クリエーターと恊働して紙の可能性を追求するプロジェクト「かみの工作所」を発足させた。
「プロジェクトといっても、クラブ活動のようなノリの緩いものです。新しいものをつくって儲けようというより、普段はパッケージをつくっている印刷機械で、こんなものもできちゃうんだ! というのを試したかった」
本来、新製品をつくるとなれば、ある程度の投資が必要だ。しかし同プロジェクトでは、クリエーターに既存の機械で新たな可能性を引き出してもらう。その代わりクリエーターは、自分のアイデアで自由にものづくりができるというメリットがある。山田さんは早速「紙の道具」というテーマを出し、上がってきたアイデアの中にあったのが空気の器だ。デザインは「トラフ建築設計事務所」が考案したもので、裏表が青と黄色の紙が用いられている。細かい切り込みを広げると、青と黄色が絶妙に混じり合い、角度によって黄色、緑、青に見える仕組みになっていた。網目の部分が繊細なので、すぐに崩れてしまいそうだが、「ハニカム構造」といって一度成形すると張りと強度が出る。建築家だからこそ思い付いたデザインなのだ。あとは、山田さんが紙の材質や既存の機械で切り込みを入れる方法を模索し、試行錯誤の末、他に類を見ないプロダクトが誕生した。
100分の1のユーザーが「欲しい!」ものをつくる
2010年の発表当初は「つくし文具店」などで展示していたが、国際見本市の出展以降、雑貨やデザイン好きの人を中心に火がつき、初年度に1万6000セットを売り上げた。その後も、デザイナーやアーティスト、写真家や漫画家などとコラボして、柄やイラスト、写真などが印刷されたシリーズ製品を次々と世に送り出す。企業や美術館などのオファーでつくったオリジナル製品も多く、現在までに約100種類、累計40万セットを売り上げるロングランヒット商品となった。
「こんなに売れるとは思わなかった」と山田さん自身も驚くが、同製品が世界中にファンを獲得した秘訣は何か。1つは、「よそ者の目」が生かされたことだ。かつてアパレル業界にいた山田さんが、紙にもデザイン性を加えたいという新たな視点が、「かみの工作所」プロジェクトにつながった。そしてもう一つは、ニッチを追求したこと。
「なくても生活に困らないから、100人中99人には見向きもされません。でも残る1人はメチャクチャ気に入ってくれる。そんな1人のためにつくっています。たとえ100分の1でも、世界の100分の1は相当な数になりますから」
「かみの工作所」の取り組みは今でも続いており、年1回のペースで、さまざまなクリエーターとプロダクトをつくり続けている。山田さんに今後の展望を聞いてみたところ、こんな答えが返ってきた。
「今の時代のキーワードは“共感”かなと思うんですよ。情報が多過ぎる世の中だからこそ、それに翻弄されず、共感が得られるようなものを生み出していきたいですね」
会社データ
社名:福永紙工株式会社(ふくながしこう)
所在地:東京都立川市錦町6-10-4
電話:042-523-1515
HP:https://www.fukunaga-print.co.jp
代表者:山田明良 代表取締役
設立:1965年
従業員:43人
※月刊石垣2019年7月号に掲載された記事です。
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