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テーマ別企業事例 産学官で育てる! 地域主導で動き出す“人材創生”

地域、そして中小企業などにとって新たな人材の育成は急務と言われて久しい。しかし、現実は働き手不足やそれを加速させる人口流出など、厳しさが増している状態だ。だからこそ、商工会議所、地域の企業、大学などが連携した地域に即した人材の育成が必要である。今、地方創生の大きな原動力となる「人材創生」が動き出している。

大学公認の“部活”で経営者を目指す学生を育成・支援

熊野 正樹(くまの・まさき)/九州大学 起業部

熊野 正樹(くまの・まさき) 九州大学 学術研究・産学官連携本部 ベンチャー創出推進グループ 准教授 各地の商工会議所からの依頼で、起業をテーマにしたセミナーの講師を務める。その際感じるのは、ビジネスプランや資金調達に関する誤解が根強くあること。「その部分の改善に協力していきたい」と言う

全国でも起業率が高いといわれる福岡市。その地に平成29年6月23日、九州大学(福岡市)公認の学生の部活動「起業部」が設立された。顧問で准教授の熊野正樹さんは「サッカー部がサッカーをするがごとく、起業部は学生が起業する」と話す。部活動から学生ベンチャーを生みだそうという試みは、地方の人材創生に、どのような役割を果たすのか。

九州では産学官連携で地元企業への就職を推進

地方創生に貢献する人材を地方で育てる──文部科学省は「地(知)の拠点大学による地方創生事業」(COC+)を25年度から実施している。事業の目的は大学・自治体・企業などが連携することにより、その地域の就職率の向上と雇用を創出することである。COC+は地域社会と連携した課題解決や人材育成を行う大学を支援している。

一例を挙げれば、福岡県では「北九州・下関まなびとぴあ」を核とした地方創生モデルの構築が進められている。まなびとぴあは、北九州市立大学を代表校として北九州・下関地域の13大学・高等専門学校、自治体から福岡県・北九州市・下関市、産業界から北九州商工会議所・北九州活性化協議会・下関商工会議所の産学官が連携して、学生の北九州・下関地域への就職・定着を推進するもの。学生の域内就職率を27年度から31年度までの5年間で24・2%から34・2%へ10%引き上げることを成果指標(KPI)としている。

具体的な取り組みとしては、就職活動や進路選択に役立つ座談会と講座に参加できる「就活ワークカフェ」や北九州地域産業人材育成フォーラムが主催する理工系インターンシップ、北九州商工会議所が主催する文系インターンシップ、起業に向けた下地づくりの講座「プレ起業塾」などがある。COC+の目的である地域の就職率の向上と雇用創出に沿った活動となっている。

起業を支援する大学公認の「起業部」

COC+のアプローチは企業人の育成を通じた人材の創生だが、九州大学起業部は産学官の連携により、学生起業家を育てることが目的だ。起業部の部屋は旧大名小学校の校舎を再利用した福岡市の官民協働型スタートアップ支援施設「FUKUOKA growth next」内にある。

九州大学は、アントレプレナー教育に熱心な大学の一つ。米国で起業家として大成功をおさめた同大学の卒業生、ロバート・ファン博士の寄付金をきっかけとして22年に設立されたアントレプレナーシップに関する総合的教育・研究センターQREC(九州大学ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター)があり、全学的にアントレプレナーシップ教育を推進している。28年度には、日本風洞製作所と糸島ジビエ研究所という2社の学生ベンチャーが誕生した。

成果を目の当たりにしたことで学生の側にも起業の気運が一層高まる。学生たちから、「起業サークル」設立の申し出があり、QREC公認の下で専任教員の熊野正樹さんを顧問とする起業部が設立された。

学生ベンチャーに必要な3要素は、起業したいという熱い思いを持った学生、実践経験が豊富な指導者、返済不要な投資資金である。起業部では、学生起業家の輩出・学生ベンチャーの創出を目標に掲げ、本気で在学中に起業を目指す学生を募集した。就職活動の一方で、社会勉強のために参加したいという学生の応募もあったが、すべて断った。「起業の意思のない学生に起業教育をしても起業家は生まれない」からだ。部費は年間1万円に設定。500円の昼食代すら負担に思う学生は少なくないが、「起業家を目指す人間が1万円すら調達できないでどうする」というわけだ。熊野さんは学生に起業の「覚悟」を問い、覚悟を持った150人が入部した。

指導者の質も高い。熊野さん自身は大学卒業後、銀行、コンサルティング会社、TV番組制作会社、IT上場ベンチャーを経て、新規事業開発のプロデュースを行う会社を設立(起業)したという実践経験豊富な教員である。崇城大学(熊本市)准教授だった27年には、経済産業省のビジネスプランコンテスト全国大会「University Venture Grand Prix 2015」で最優秀教員賞を受賞した。

起業部をサポートする30人のメンター(仕事上の指導者)も集まった。内訳は起業家8人(上場経験者5人・上場準備中3人)、ベンチャーキャピタリスト12人、弁護士・公認会計士・シンクタンクなどベンチャー支援の専門家10人。

資金も豊富だ。9月には熊野さんが主導して一般社団法人「QUベンチャーズ」を設立した。企業から数億円単位の寄付を集め、事業計画の審査会を通過した新製品やサービスの開発費として1件当たり500万円までの資金を無条件で提供する態勢を整える。

失うモノが何もない学生こそ起業を目指せ

「基本的に、学生には資金もないし、人脈もない。起業したいという熱い気持ちだけがある。しかし、その気持ちが何よりも大切で、資金や人脈などの足りない部分は、私も含めた大人がフォローすればいい」

設立後数カ月の時点で30チームが起業を目指して動き出している。目標として、1年で平均5社、10年で50社の学生ベンチャーを創出し、そのうち5社は上場企業まで育てたいと考えている。

経済産業省の「28年度大学発ベンチャー調査」によると、大学別では東京大学が圧倒的に多く、216社を数える。2位は京都大学の97社、3位は筑波大学と大阪大学の76社で、九州大学は5位の70社だ。過去2年を見ても、この順位と数に大きな変化はないが、起業部の活動が軌道に乗れば、九州大学は近い将来2位が狙えるようになるはずだ。

学生は起業して何をしたいのか。ITと林業を掛け合わせた事業を興したいといった目的を持つ者もいる。全体としては「1年生の中には、これをやりたいというものが見つかっていない者が多いようですが、それぞれの専門分野を持ち寄って、経済学者・シュンペーターのいうところの新結合により、イノベーションを起こすことを期待しています。例えば医学部の学生が医療系のサービスを考案して社長になり、工学部の学生がAIやロボットの技術を提供し、芸術工学部の学生が製品のデザインをする……そんなふうに新しい企画やサービスをつくっていくことが理想です」

失敗する可能性も高いが、失うモノがない学生時代こそ、起業すべきだと熊野さんは言う。

「授業で起業のメリットを学生に聞くと、お金持ちになれる、女性にモテるというイメージを語る。デメリットを聞くと、銀行から借金をして失敗して夜逃げをすると答える。大学生になっても融資と投資の区別が付いていないのです。そこで学生には、君たちにお金を貸す銀行なんてない。ベンチャーは返済が不要なベンチャーキャピタル(VC)の投資資金で行うのだから、失敗は怖くないと教えています」

意外だが、学生の親も起業部入部を歓迎している。九州大学卒業という学歴なら、将来が“安泰”な大企業に就職することも難しくはないが、反対されることはほとんどないという。

「50歳前後の親の世代には、大企業に就職すれば安泰という意識はありません。実際に倒産やリストラを経験した人もいる。冗談半分でしょうが、起業したら入社したいという親もいたそうです。起業を志す息子や娘を喜び、応援してくれています」

開業率10%台実現の解答が部活動の中にある

政府が策定した「日本再興戦略」では、開業率を欧米並みの10%台(現状は5%程度)に引き上げることをKPIとしている。しかし中小企業庁(「平成29年度以降に向けた創業・起業支援について」)によれば、創業・起業の促進における課題は大きく2つあり、①実際の創業における困難(資金・ノウハウ)、②創業を考える人そのものが少ない(環境・意識)、と分析している。

①の資金に関しては26年度調べで、約9割の創業者が金融機関の融資によらず、主に自己資金で創業しており、創業資金調達の円滑化が大きな課題となっている。また創業者は「起業の準備に踏み出せない」「具体的な段取りが分からない」「専門知識・経営知識の習得」などが課題と答えている人が多い。それらのノウハウを学ぶ機会を提供することが必要という認識だ。

②の環境・意識では、創業が就業の一形態と考えられておらず、公務員・大企業社員を目指す者の割合が極めて高い。創業をむしろネガティブに捉える傾向があると指摘している。

起業部はこれらの課題を全て解決するもので、地方の人材創生のモデルとしても期待されている。

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