お茶の一大産地の静岡市に、お茶に関わる会社や商店が集まる「茶町通り」がある。お茶関係の業者以外、わざわざ訪れる人は少ないこの通りで、一般の来店客が絶えないのが、お茶を使った菓子の販売とカフェの「茶町KINZABURO」だ。
同店を運営するのは、大正4(1915)年にお茶の仲買として創業し、2代目が製茶問屋に業態転換した前田金三郎商店である。
急須で飲むお茶といったら
「私どもは、お茶の葉を売っているのではなく、日本茶がもたらす安らぎを売っていると思っています」と語るのは同社3代目の前田冨佐男さん。そう確信したきっかけは、ある勉強会での学びだった。「東京で若い奥さん1000人にアンケートを取り、〝急須で飲むお茶といったら○○〟の○○に入る言葉で、一番多かったのはなんだと思いますか?」と、講師が参加者に質問したという。
「茶葉やリーフ、静岡茶かなと思ったのですが、なんと回答した811人のうち〝茶葉〟と答えた人はたった2人で、あとの多くは〝やすらぎ、くつろぎ、リラックス〟だったのです。強い衝撃を受けました」と前田さんはその時の気持ちを語る。「茶葉を売っていると考えたら、お客さまは1000人中2人ですが、〝やすらぎ、くつろぎ、リラックス〟という気持ちを提供していると考えれば、6割もお客さまがいると気付きました」。
もとから卸だけでなく、小売も行って売り上げを高めたいという思いがあった前田さんはそこで、店でお茶に加えてお菓子を販売することを決めた。
課題はアイテムで、他にはない菓子でオリジナリティーを出したかった。日夜考え続けていたある朝、目が覚めた時、ふっと、子供の頃に母親が鉄の型で焼いてくれたワッフルを思い出した。「これだ!」と、すぐに実家の台所でその型を探したところ、戸棚の片隅に残っていた。
看板メニューは、各地の抹茶を原料としたクリームを包んだワッフルと決め、自らの知識と舌を生かしてクリームの試作を始めると、次々とアイデアがわいてきた。
店舗でやすらぎ提供
こうして、2010年4月、「茶町KINZABURO」がオープン。1階は菓子の工房と売り場だ。ショーケースには、「茶っふる」と名付けたオリジナルワッフルが、定番と季節商品を合わせて常時10種類並ぶ。 フロアのテーブルや棚には、抹茶のスナックやお茶に関わるグッズ、オリジナルブレンドのお茶がディスプレイされ、ワクワクしながら買物を楽しめる。
2階の客席は10坪で、洋室部分にカウンター席とテーブル2卓、和室部分には座卓が2卓で、全22席。ベランダは、和室からは和のイメージ、洋室からは洋のイメージの坪庭が臨めるよう工夫されている。そしてお茶カウンターには、独自の手法でそれぞれの茶葉が持つ香りや風味を引き出したお茶と、煎茶にフレーバーを加えたお茶、10種余りのポットが並び、セルフで自由に味わえる。
時がゆっくりと流れ、女性グループや年配者、スーツ姿のサラリーマン、一人でふらっと来店する人など、お客は思い思いにくつろぎ、リピーターも多い。月一回はさまざまなセミナーも開催する。
「まさにこれが私の意図したところで、うちは製茶卸業であると同時に、日本茶関連のやすらぎ提供業でもある。この店舗はもうける場ではなく、これまでのお茶の枠を破り、お茶を広く知っていただくためのエンジンです」と前田さん。
「お茶を中心に、さまざまなコトで静岡を楽しんでもらえるようにしたい」というのが前田さんの思いだ。
(商業界・笹井清範)
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