ヒット商品やユニークな新商品を開発し、業績を上げている女性経営者がいる。もちろん、彼女たちの経営方針や戦略は十人十色だ。しかし、男性経営者とは〝ひと味違う視点〟を持つという意味では見事に一致しているようだ。今号は女性ならではの視点で会社経営に取り組む女性経営者を紹介する。
事例1 社員が伸びれば会社も伸びる
メーカーズシャツ鎌倉(神奈川県鎌倉市)
「鎌倉シャツ」の愛称で親しまれているメーカーズシャツ鎌倉は、その名のとおり、鎌倉の一角にある小さなシャツ専門店から始まった。メード・イン・ジャパンの上質なシャツを低価格で提供することで発展してきた同社の社長は貞末タミ子さん。貞末さんは生まれも育ちも鎌倉で、店を始める前は専業主婦だったという。
最初は「ただ面白そう」
「夫は以前、都内のアパレル企業で役員を務めていました。そのため、私が鎌倉駅まで車で送り迎えをする毎日でした。ある日、古くからある下駄屋さんが店をコンビニに改装して、その2階でテナントを募集していることに気付いたんです。それを見た夫が、私にシャツの店をやらないかと。今から20年以上も前のことです。私は専業主婦でしたが、3番目の子がもう高校1年生で時間もできてきたので、軽く〝いいわよ〟と答えたんです。それが始まりでした」と貞末さんは振り返る。貞末さんの夫、現在の同社会長である貞末良雄さんは、以前からシャツの製造・販売をやりたいと考えていたそうだ。しかし、家のローンや子どもの学費のことなどを考えると、簡単に創業というわけにはいかず、思いはそのままになっていたのだという。貞末さんは「私は結婚してからずっと働かずにいましたので、当時は事業を始めるという決意もなく、ただ面白そうという感じだけでしたね」と笑う。
メーカーズシャツ鎌倉という社名は、つくりたてのシャツを売るという意味で夫の良雄さんが「メーカーズシャツ」と命名。そこに貞末さんが創業地の「鎌倉」を付け足して決まったという。
こうして平成5(1993)年、コンビニの2階にある13坪の小さなシャツの店が始まった。販売するシャツは、夫の良雄さんがアパレル会社で懇意にしていた工場につくってもらった。
「工場にお願いするときに夫は、将来は必ず年間20万枚を売るからと言ったそうです。確信があったのかホラだったのかは私には分かりません。でも、工場の社長さんが意気に感じて、小ロットでの製造を引き受けてくださったのです」
開店当初は貞末さんのテニス仲間やPTA活動での知り合い、地元の友人などが買いに来てくれたが、男性客はほとんど来なかった。そのため、売れるのは女性用シャツがほとんどだったという。
雑誌掲載が大きな転機に
しかし、それからしばらく後に大きな転機が訪れる。お店が雑誌に紹介されたのである。
「人気雑誌の『Hanako』で店を紹介してもらえないかと、店の写真と手紙を編集部に送ったんです。そうしたら取材したいと電話が掛かってきて。たまたま鎌倉特集をやろうとお店を探しているときに私の手紙が届いたようで、本当に幸運でした」
雑誌に記事が掲載されてからそれまでの環境は激変した。1日に4枚売れればトントンというところに大勢の客が訪れ、1日100枚以上が売れた。売上高はシャツ1枚が4900円なので50万円ほど。貞末さん一人だけでは、さばききれず、近所の知り合いに手伝いに来てもらった。「それが翌日もその翌日も。もう疲れてお店をやめたくなっちゃいました」と貞末さんは笑う。店に並ぶ客の行列を見て別の雑誌やテレビ局が取材に訪れ、それがさらに客を呼ぶという好循環。宣伝費を掛けることなく、お客さまを増やすことができたわけだ。
そして、それから間もなく二度目の転機が訪れる。それは平成7年、横浜ランドマークタワー内にあるショッピングモールへの出店だ。「そこのリースを担当する方の奥さまが来店してくださって、ご主人さまにうちの店のことをお話して下さったそうです。その方から連絡があり、『閉店したあとの店舗ですが、3カ月間居抜きで借りませんか』というオファーをいただけたのです」
その店舗はランドマークタワーの中では人通りがあまりよくない場所にあった。しかし、貞末さんは果敢にチャレンジした。
「スタッフには、友人のお嬢さまたちにお願いしました。彼女たちは鎌倉育ちのきれいなお嬢さんばかり。もちろん接客も抜群です。そうしたら『Hanako』が 今度はランドマーク特集で取材に来て。うちの店が面白いということで、また記事で取り上げていただきました。すると、売り上げがモール内で上位に入るようになり、3カ月だけの約束から、本契約を結ぶことができたのです。ランドマークタワー出店当初は女性物が売り上げの6割だったのですが、本契約のころには逆転。今は8割が男性物です。男性のお客さまは一度気に入ると何度も買っていただけるので、お店としてはとてもありがたいです」
運が良かった部分もあるが、失敗を恐れず、質の良い製品を手頃な価格で提供するよう努力してきたのが、この成功につながったことはいうまでもないだろう。
接客で差別化 社員教育を徹底
メーカーズシャツ鎌倉はその後も順調に成長を続け、現在は東京と神奈川を中心に全国の都市部に27店舗を展開。12年にはニューヨークに進出し、12月にはニューヨーク2号店がオープンする。
「店を始める前は、私一人でやっていければ楽しいなと思っていたのですが、どんどん思いがけない方向に進んでいきました。実は私どもにはあと何店舗増やすとかいった目標はありません。出店のお誘いが来て、商売できそうなところなら、その時点から考えます。というのも私たちが一番大切にしているのは接客だからです。店舗を増やすことを目標にすると、接客が追いつかなくなってしまうかもしれない。一生懸命売って会社と社員が成長していき、それに合わせてお店も増やしていく。これからも、この自然な流れのままでやっていこうと思っています」と貞末さんは言う。
「私どもの会社は〝接客〟が重要なので、社員教育を重視しています。それを通じて社員がレディー、ジェントルマンに成長していくことが、ひいては会社の成長にもつながっていくのです。私は社員のご父母から大事なお嬢さま、ご子息さまをお預かりしています。だから、社員の教育に責任があると思っています。私どもでは、毎年12月に入社内定者の父母会を行い、一生懸命育てて立派なレディー、ジェントルマンにいたしますとお話ししています。商売を良くするにはホスピタリティがどのように認知されるかが重要です。その部分で、私の女性としての視点が生きたのではないかと思います」
生まれ育った故郷であり、会社名にもなっている鎌倉についての思いも熱い。「鎌倉で始めたこと、鎌倉の名前を付けたことはラッキーでした。知名度は抜群、高級でおしゃれなイメージもありますから。逆に私どもが鎌倉に対してできることは少ない。でも、その名に恥じないビジネスをして、鎌倉の名前を世界に発信していきたいと思っています。世界的には、鎌倉の知名度はまだ高くないですから」
どんなときでも自然体、丁寧な言葉で話す貞末さん。メーカーズシャツ鎌倉の各店舗でも同じように、今日もスタッフたちの明るい挨拶がお客さまを迎えている。
会社データ
社名:メーカーズシャツ鎌倉株式会社
所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下4-2-15-101
電話:0467-61-3244
代表者:貞末 タミ子 代表取締役社長
従業員:120人
※月刊石垣2015年12月号に掲載された記事です。
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