世界的にマイナス金利の潮流が広がっている。ユーロ圏、スウェーデン、デンマーク、スイスの中央銀行がマイナス金利を導入してきた。そして今年2月、日銀はマイナス金利付き量的・質的金融緩和を導入し、短期の金利をマイナス水準に設定した。中央銀行のマイナス金利政策により全般的な金利水準に低下圧力が高まる。わが国の国債の流通利回りは、残存期間10年を超える領域までマイナスに落ち込んだ。
一般的に、マイナス金利政策の主な目的は二つある。一つは、金融機関の貸し出しの増加を促すことだ。2013年4月以降、日銀は〝量的・質的金融緩和〟を進め、金融機関が保有する国債を買い入れて多額の資金供給を行ってきた。それによって日銀は、わが国経済がデフレから脱却することを狙った。しかし、今までのところ、日銀の期待したほどの効果は上がっていない。そこで日銀は今年1月にマイナス金利の導入に動いた。マイナス金利を導入すれば銀行が当座預金にお金を滞留せずに、リスクをとってより高い収益が期待できる融資などを増やすと考えた。それが企業の設備投資を支え、デフレ脱却が進むと期待したのだ。
もう一つの目的は、為替市場で円安を促すことだ。通常、お金は金利の低い方から、高い方に流れる。そのため為替相場では、金利の低い通貨は、金利の高い通貨に対して下落する傾向にある。多くの投資家がより多い金利収入を求めて、低金利の通貨を売り、高金利の通貨を買おうとするからだ。日銀はマイナス金利で円高圧力を後退させ、国内の景況感の悪化を防ごうとした。
実際に日銀のマイナス金利政策の導入後、マイナス金利が住宅ローン金利の低下につながっていることは確かで、新規の住宅購入者にとって大きな福音になったはずだ。それはマイナス金利のメリットと言える。しかし、年金など長期資金の運用者や金融機関などにとって、金利水準の大幅な低下は収益チャンスが大きく減少することを意味する。一部には、金融機関の経営状態の悪化を懸念する声が出ている。また、わが国経済はデフレの状況から脱出できず、景気全体も足踏み状況が続いている。その意味では、マイナス金利のメリットよりも負の影響が懸念される。
デフレ脱却が進まない原因は基本的に需要の低迷と考えられる。需要を喚起するためには、人々が欲しいと思うモノを生み出す必要がある。そのためには、研究開発支援の強化や労働市場の改革などの規制緩和を進め、企業の攻めの姿勢を支えることが重要だ。つまり、デフレ退治には構造改革が必要であり、金融政策には限界があるとみられる。また、為替相場の動きは、わが国の事情より海外の動向に左右される可能性が高い。特に米国の本音を言えば、ドル高ではなくむしろ緩やかなドル安を重視しているように見える。日銀のマイナス金利政策だけで円安を促すことは難しいと考えた方が良い。
マイナス金利の最大の問題は、銀行や保険会社の収益基盤を悪化させている懸念があることだ。今後、さらにマイナス金利が深まれば、国債から得られる収益は減少する。特に、地方銀行などに対する影響は大きくなりやすい。経営が悪化すると、経済全体の阻害要因になりかねない。また、預金金利の低下が消費者心理を悪化させる恐れもある。マイナス金利の影響を受けて経営不安が高まると、世界的に銀行株が大きく下落することも想定される。そうした懸念や批判があるものの、黒田総裁をはじめ日銀の関係者は〝必要と判断すれば追加緩和を行う〟とのスタンスを堅持している。
海外のマイナス金利政策を見ても、目立った効果は上がっていない。14年6月にマイナス金利を導入したユーロ圏の景気低迷は続いている。北欧では、むしろマイナス金利が不動産融資を急増させバブルの懸念が高まっている。金融政策だけで景気全体を上向かせることは難しいとみた方がよさそうだ。
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