日本酒という伝統的な生産現場では、昔ながらのつくり方にこだわり、あえて機械化やIT化をしないところも多い。そんな中、創業100年を超える寒梅酒造では、代々受け継いできた伝統的な職人技を守りながらも、製造過程でIoTを活用し、おいしい酒づくりに生かしている。
樽内に温度センサーを設置し0・1℃単位で温度を管理
宮城県の内陸部、昔から稲作が盛んな大崎市にある寒梅酒造は、田んぼに囲まれた酒蔵で100年以上にわたり家族経営で地道に日本酒をつくっている。目の前に広がる先祖伝来の田んぼで酒米から自分たちでつくり、自社米のほかは地元・宮城県産のコメのみを使用している。
経営が厳しい時期もあり、東日本大震災では家や酒蔵が全壊するなど大きな被害を受けた。そのため酒づくりをやめることも検討したが、酒蔵を建て直して継続することを決断したという。2018年4月に、先代は日本酒に適した米づくりに専念し、その長女である岩﨑真奈さんの夫・健弥さんが代表社員兼製造責任者に就いた。それを機に寒梅酒造の新たな酒づくりの道への模索が始まり、製造工程にIoT機器を導入した。
その経緯について、五代目蔵元として酒づくりを行っている健弥さんはこのように説明する。
「酒づくりは温度管理が大変で、例えば、もろみ(コメとこうじ、水などを混ぜて樽(たる)やタンクで発酵させた液体)は温度を0・1℃単位で管理する必要があり、少しでもずれると発酵を抑えるのが難しくなり、味に影響が出ます。以前はその温度管理をすべて人の手で行っていて、そのため責任者の私が温度を見ないと現場が回せないという状況になっていました。そういった中で、18年にNTT東日本さんからIoT機器導入のお話をいただいたのです。これに取り組んでいる蔵元はまだ少なく、新たな酒づくりに挑戦したいという私たちの思いとも合致していたので、導入を決めました」
蔵に設置したのは樽内のもろみの温度を自動で計測するセンサーと、もろみの表面を映すライブカメラで、これらのデータや映像はすべてインターネットを通じてスマートフォンでどこででも確認できるシステムだ。
「樽の中にあるもろみの表面を面(つら)と呼ぶのですが、この面の気泡の出方などを見て、発酵具合を確認することも大切です。温度などのデータだけでなく、実際に目で見て、発酵状態を見極めていくことも、酒づくりでは重要なのです」
生産する酒の品質が安定し口コミで評判も広がる
IoT機器を導入したことで、製造現場はどう変わっただろうか。
「蔵では朝晩、櫂(かい)入れ(樽の中の材料を混ぜ合わせて発酵を均一にさせる作業)の際に温度を測り、面を見て発酵状況を確認するのですが、それ以外の時間は温度や面の状態の確認がスマホでできるので、製造責任者である私が必ず蔵にいる必要がなくなり、外からでもマイクを通じて現場に指示が出せるようになりました。それによって私は外出や出張ができるようになり、営業や情報収集などに出る機会が増えました」
また、従業員全員が樽の状況を把握できるようになったため、少ない人数で効率的に生産できるようになり、以前は酒づくりが始まると半年間ほとんど休みなしだったが、今では従業員が週に1日半は休めるようになり、働き方改革にもつながったと健弥さんは言う。
「そして何より、安定した品質のお酒をつくれるようになりました。お酒はコメやこうじといった生き物を相手にしてつくっているので、同じコメ、同じ精米具合でも、どうしても味や品質にばらつきが出てしまい、つくる季節によっても大きく味が変わっていました。今は温度管理がしっかりできるようになったことで、あまりぶれのない、安定した品質でつくれるようになりました。そのおかげか分かりませんが、うちのお酒がおいしいという声が口コミで少しずつ届けられるようになってきました」
寒梅酒造では、温度管理のような機械のほうが正確にできる部分ではIoTを導入したが、それ以外の部分では必ず人の手を使って酒づくりを行っている。
「私たちは全てを手でやることがいいとは思っていません。守らなければいけないところは守る、進化させたほうがいい部分は進化させる。現場の人たちもそれを理解してくれています。今後は生産だけでなく、受注発注から帳簿まで一連の流れをすべてシステムで構築していき、次の世代につないでいきたいと思っています」
手づくりにこだわりながらも必要な部分はIT化し、寒梅酒造は新たな酒づくりに挑んでいる。
会社データ
社名:合名会社寒梅酒造(かんばいしゅぞう)
所在地:宮城県大崎市古川柏崎字境田15
電話:0229-26-2037
代表者:岩﨑健弥 代表社員
従業員:7人(パート2人含む)
※月刊石垣2021年3月号に掲載された記事です。
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