中小企業の人手不足が叫ばれて久しい。社員が辞めずに働き続けたいと思えるような会社にすべく、社内環境を整えている企業がある。社員の定着率が上がれば、当面の人手不足の解決に貢献するばかりか、社員の士気が上がり職場内の一体感が生まれ、開発力の向上や新たな需要開拓につながるなど、そのメリットは計りしれない。そこで、社員定着率の高い企業が実践している経営戦略に迫った。
事例1 「腹八分目経営」で会社も社員も潤う、小口スポット生産で黒字経営にまい進
沢根スプリング(静岡県浜松市)
自動車部品のバネを主に製造していた沢根スプリングは、小ロットマーケットを開拓し、全国に3万2000件もの取引先を有する。「世界最速工場」を目指すが、第一に追求しているのは社員の幸せだ。時間外労働は月間6時間未満、夜勤なし、有給休暇取得率約88%でありながら、創業以来黒字経営を続ける〝秘策〟に迫る。
日本初のバネの通信販売で脱・量産リピート品を図る
JR浜松駅の隣駅、高塚駅から徒歩約10分の距離に沢根スプリングはある。100m手前からでも目に留まる黄色い看板は、代表取締役社長の沢根孝佳さんの好きな色であり、幸せを象徴する色としてコーポレートカラーにも取り入れている。本社の内装も、名刺も黄色が基調で、沢根さんも黄色いネクタイをしめて颯爽(さっそう)と現れた。
創業は1966年。
沢根さんが90年に社長に就任してからも黒字経営を継続させ、53期は総売上8億1000万円、経常利益8000万円を達成した。同社の拠点である浜松は、ホンダ、スズキ、ヤマハの創業の地であり、創業者である沢根さんの父親の代には、これらの大手メーカーの自動車やバイクのバネの製造が8割を占めていた。だが、現在は経営スタイルをガラリと変え、小口スポット品が60%を占める。
「以前は、自動車部品の量産リピート品で特定の顧客、業種に依存した経営体制でした。高度経済成長期で、つくれば売れる時代です。量産品の受注先の約半分は1社が占めていて、他社と比較されてはスピードとコストダウンを迫られる日々。1社に依存している漠然とした不安が常につきまとい、正直、仕事が面白くなかったですね」と当時を振り返り、苦笑する。
沢根さんは87年、社長就任前に日本初のバネのカタログ通信販売をスタートさせ、バネを1本からバラ売りするという、当時としてはかなり画期的な手法を打ち立てた。非効率、非生産な新事業に、先代以外は全員「NO」を突きつける。だが社員の幸せを第一に追求する、今のビジネスモデルは、ここから形成されていった。
「働き方改革」を超えた「楽しみ方改革」を実践
反対され、事業は鳴かず飛ばずでも、沢根さんの思いは揺らがなかった。指針にしたのは、同社の五つの経営理念だ。
1.会社を永続させる
2.人生を大切にする
3.潰(つぶ)しのきく経営を実践する
4.いい会社にする
5.社会に奉仕する
なかでも1を重要視し、2を実践しようと、価格競争から抜け出すために小口スポット品に目を向けたのだ。FAX、宅配便、そしてインターネットとインフラが整うにつれて販路は広がり、約30年かけて取引先は440社、バネの種類は570から5000種類まで拡大していった。バネは午後5時までの注文なら即日発送という速さも売りで、「世界最速工場」を高らかに看板に掲げる。だが、社員に過度なノルマを課したり、残業や休日出勤を強いたりすることはない。
逆に時間外労働は月間6時間未満を達成し、残業もなければ、有給取得率は年々上がり、今や約88%を達成している。それはなぜか。定職率を上げるために「人を大切にする経営」を考え抜き、ある時〝効率重視の弊害〟があることに気付いたと語気を強める。
「仕事も遊びも100%の満足を求めず〝腹八分目〟のゆとりが大切です。昨今の働き方改革やワーク・ライフ・バランスは、時間短縮ばかりに目が向いている気がします。うちで取り組んでいるのは〝楽しみ方改革〟。会社を永続させるためにはこの改革こそ必須です」
「考える」つくり手を育成し つくる喜び、達成感を広げる
ゆとりを生みつつ生産性を上げるには、速さと質が問われるが、改革を急いだり、一気に取り掛かったりしては社員の負担増となり、社内に摩擦が起きかねない。そこで改革を成功させるためにどうしたか。
「茹(ゆ)でガエルの法則です」
と沢根さんは笑う。84年に設立した関連会社「サミニ」を、バネとモノづくりの通信販売専門会社として運営し、89年にバネの試作や少量生産品を扱う「石本」を設立し、分社化で社内の波風を最小限に抑えたのだ。こうすれば量産リピート品の製造を主軸にしつつ、小ロットの小口スポットの製造に踏み込みやすい。
さらに、生産管理体制も少しずつ変えていく。量産リピート品の製造は完全分業制で、慣れれば頭を使わずにできるが、自分の作業がどの部分の何に役に立つか分かりにくい。だが、特注、それも試作でバネを一つつくってほしいというオーダーに応えるには、つくり手も「考える」ことが求められる。沢根さんはそこに価値を見いだした。
「これも今日、明日で切り替わるものではありません。数%の割合で少しずつです。時間も手間もかかりますが、毎日違った図面を見てつくることで、考えてモノづくりができる人材が育成されます。一人で考えても分からないから、複数人で試行錯誤することで交流が生まれ、仲間意識が醸成された職場環境が形成される。つくる喜び、達成感が全く違います」
それを後押しするように17年前から毎週1回、「沢根塾」という社内勉強会を開催し、各製造チームが工夫点を発表し合い、時にゲスト講師を迎えて知識と技を磨き合っている。生産管理も製造現場に任せ、各製造チームが自主的に計画を立てる。今では全工程を一人でできるプロフェッショナル集団へと成長し、職場にも活気があるという。その間も、社内インターンシップを実施したり、製造現場がダイレクトに取引先から図面をもらい、製造指示書を作成することでスピード化を図る取り組みを売り上げの20%の割合で進めたりするなど、絶えず地道にコツコツと改革を進める。努力ではなく、つくる楽しさを底上げすることが、結果的に世界最速工場への近道になっているようだ。
「今の時代は結果を急ぎ過ぎる傾向にありますが、時間をかけてこそ培われる技術力や経験値は、他社がまねしようとしてもまねできるものではない領域に達しています。非価格競争の小ロットの生産品を適正価格で提供し、スピードとサービスに磨きをかける。『考え・作り・売る』をバランスよく実践できる、製造業にあってサービス業化を進める、いわば〝製造小売りメーカー〟です」 急がば回れという言葉があるように、沢根さんの堅実な経営方針が実を結ぶ。社員が自らの仕事に自信と誇りを持てるようになった今、「会社を辞めたい」という選択にはなかなか至らない。
世界一周旅行で4カ月休職 社員の夢を強力バックアップ
こうした同社の長年の取り組みは近年、数々の賞に輝くほど外部から注目されている。2014年の「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞受賞以来、工場見学の希望者も増えている。18年には経済産業省の「はばたく中小企業300社」「地域未来牽(けん)引企業」に選定されると、さらに拍車がかかり、今では年間延べ500人を数える。
そこで、工場見学を事業として捉え、有料(1000円)とした。
「見学者の対応に追われ、本業に支障が出るようになっていました。でも、事業の一環となれば1000円でも安いと思われる〝おもてなし〟を追求できます。見学に来られた方たちの満足度を高めることが仕事になりますから」と沢根さん。社会貢献とともに開かれた企業としての知名度、ブランド力アップを図る好循環を生んでいる。
一方、社員の待遇も手厚く、一人一人の誕生日を祝い、担当業務とは関係なく「やりたいこと」を社内で共有し、目標実現を応援し合う企業風土を育んでいる。実際、入社4年目の女性社員が世界一周旅行を叶えるために、4カ月の休暇を取った前例があるほどだ。
「世界一周を叶えた社員がいるなら、自分はこんな夢を叶えようと弾みがついて、個人目標の立て方も多様化してきました」と沢根さんはうれしそうに語る。
社内の多様化が進行するのと比例するように取引先も多様化し、顧客平均売上比率は0・3%以下、1%未満顧客が440社以上となり、医療分野への参入も10年ほど前に果たしている。微細化コイル加工、それも長丈加工が得意という強みをバネにした新境地だ。さらに中国を中心にアジアにおけるグローバル展開も進めており、浜松発の世界最速工場も夢ではない。
社員の幸せを第一に。その姿勢で、黒字経営、社員定着率向上を、肩肘を張らずに進めている。
会社データ
社名:沢根スプリング株式会社(さわねすぷりんぐ)
所在地:静岡県浜松市南区小沢渡町1356
電話:053-447-3451
代表者:沢根孝佳 代表取締役
従業員:51人
※月刊石垣2020年2月号に掲載された記事です。
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