東日本大震災以降、さまざまな防災グッズが世に送り出されている。その中でも、航空宇宙機器部品の製造・販売を主事業とする加賀産業が、昨年1月に販売を開始した折り畳みヘルメット「オサメット」の売り上げが伸びている。高機能でコンパクトに収納できる同商品は、どのような道のりを経て生み出されていったのか。
身近に置いてもらうにはコンパクトさがマスト
上から強い衝撃があったとき、蛇腹形状で大丈夫なのか? 一見そんな不安を抱くかもしれないが、組み立て後に上からハンマーでいくら叩いてもビクともしない。一番上のプレートを押すと若干へこむ構造である上に、内側には発泡スチロール製ライナーを使用しており、高い衝撃吸収力を持つ。さらに、折り畳んだ状態から頭にかぶせて下に引っ張るだけで、すぐヘルメットとして使用できる。十分な強度を持ちながら、普段は場所を取らずに収納でき、大きな災害時には瞬時に安全を確保できるというわけだ。
同商品を開発したのは、名古屋市にある加賀産業だ。現在は航空宇宙機器用の製品や部品の製造・販売が主事業だが、元々は昭和48年にヘルメットを製造する会社として創業した。ヘルメットに使用される素材にはいくつか種類があるが、全体の約6割を占めるABS樹脂を日本で初めてヘルメットに採用したのが同社で、今でも年間45万個を出荷している。そんな同社が防災用折り畳みヘルメットの開発に乗り出したのは、平成24年のこと。東日本大震災を受けて、多くの命を守るグッズの必要性を強く感じたのがきっかけだ。しかし、それならば、「普通のヘルメットでいいのでは」と思わないでもない。
「災害発生時に生存を左右するのは最初の3分だといわれます。工事現場で使うならともかく、防災用ヘルメットはいざというときすぐに取り出せなければ意味がありません。身近に保管してもらうためには、何よりもコンパクトであることが必須なんです」と同社社長の溝口治さんは力説する。
納得のいく構造にするため試作を重ねる
当時、市場には折り畳みヘルメットが1種類だけ存在していた。ヘルメットを前後で分割し、二つ折りにする形状のものだ。そのため広げると角ができ、見た目はヘルメットというより兜のイメージに近かった。そこで同社はもっとヘルメットらしい形で、全体がA4判の大きさに収まり、厚さが45㎜以下というコンセプトを掲げた。
「A4判に収まるサイズは必須条件でした。机の引き出しやラックなどはA4判を基準につくられているので、そのサイズなら本やファイルなどと一緒に保管できると考えたんです。厚さは既存品よりも薄くしたいと思い、それにはヘルメットを4分割した蛇腹形状が最も適していたんです」
大枠は決まったが、肝心なのは4分割した本体をいかに連結し、形を保持するかである。最初に試したのは、連結用のレールをサイドに6カ所取り付け、そこをスライドさせてカチッとロックする仕組みだった。航空宇宙部品製造部門の設計者が図面を引き、3Dプリンターで部品をつくっては試作に励んだ。2年半の歳月を費やし、ようやく条件を満たすものが完成する。
「でも、『これじゃダメだ』と思いました。被るまではいいが、再び折り畳む際にロック解除の方法が煩雑で、手間が掛かったのです。しかも連結用レールが、横からの衝撃によって頭を傷つける可能性もゼロではない。そこでレール式を再考し、ワンタッチでロックを解除できる仕組みを開発し直すことにしました」
こうして振り出しに戻ったが、溝口さんには一つのアイデアがあった。レール式をベルト式にするというものだ。開発スタッフは「それで本当にできるのか」と懐疑的だったが、1年後にはベルト式を取り入れ、より簡単な方法で組み立て・ロック解除ができる仕組みを開発。さらに、構造をシンプルにし、内蔵部品を減らすなど改良を進めた。調節が簡単な絞りあごひもを採用するなど細部の機能性も高め、納得できる「オサメット」が完成した。
保管方法を想定してパッケージを工夫
29年1月に発売した時点で、すでに四つの類似商品が登場していたが、他社製と大きく異なっていたのはパッケージだ。A4判のボックス型で、そのまま引き出しに入れたり、ラックに立てかけたり、さらに内側に折り畳んである取っ手を引き出せばフックに掛けることもできる。デザインも5~6種類用意して好きなものを選べるようにするなど、1秒でも早く手の届く場所に置いてもらえるようにと工夫した。
通常のヘルメットとは流通経路が違うため、販促方法を模索していたが、新聞に小さな紹介記事が載ったのを機に、ほかのメディアからも取材依頼が舞い込むようになる。そしてNHKの番組でも紹介されると、全国から問い合わせが来るようになった。
「『オサメット』は基本的に、ウェブサイトでの通販がメインです。ただ、防災頭巾を扱っている倉敷市の大手制服メーカーとのタイアップが実現し、学校関係にも営業できるようになり、それまで未開拓の業界に販路がグンと広がりました。その結果、累計販売数は目標の6万個を達成しました」
ヘルメットは人の生死に関わるグッズである。だからこそ機能性と使い勝手にとことんこだわり、保管場所まで想定した商品戦略が売れ行きにつながったといえるだろう。今後もブラッシュアップを重ねつつ、「薬箱のような生活必需品と一緒に保管してもらえるような工夫を追求したい」と溝口さんは今後の展望を語った。
会社データ
社名:加賀産業株式会社
所在地:愛知県名古屋市昭和区白金1-8-7
電話:052-241-7131
HP:https://www.kagasangyo.co.jp/
代表者:溝口治 社長
設立:昭和48年
従業員:127人
※月刊石垣2018年3月号に掲載された記事です。
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