金沢市で左官ひと筋に100年の歴史を刻むイスルギの一部門としてスタートし、平成27年に独立した生活用品の製造・販売会社soil。イスルギ以来のプロダクトブランド「soil」から22年に誕生した「珪藻土バスマット」が、現在も変わらぬ人気を維持している。数ある日用品のジャンルに、自然の恵みと手づくりという価値を加え、ヒットを生み出した同社の戦略とは――。
左官職人の雇用安定がものづくりのきっかけ
soilとは「土」を意味する。数ある土の中でも、海などに生息していた植物プランクトンの堆積物である珪藻土は、多孔質構造により吸水性や調湿性に優れ、シックハウス症候群対策に適した建材として壁などに使用されていた。その性質を生かして誕生したのが、「珪藻土バスマット」である。同商品はファブリック(布地)よりも速乾性が顕著であり、実際に濡れた足で同商品に乗ってみると、足の形に濡れ跡がつき、その後濡れ跡がみるみる消えていく。
「これは、素材に無数にあいた細かい穴から水分が蒸発しているからです。ですから使用後はそのまま置いておいても、常にサラサラの状態です」と製造元のsoil社長・石動(いするぎ)博一さんは説明する。
同社は、富山で江戸時代から左官業を営んでいた本家を離れ、大正6年に博一さんの祖父・石動半七氏が金沢で開業したイスルギがルーツ。ビル専門の左官を請け負ってきたイスルギのものづくりを担う部門としてスタートした。イスルギがものづくりに乗り出したのは、高度経済成長期の建設ラッシュが終わったあたりから、手軽で安価な石膏ボードなどの壁に押され、年々仕事が減っていくのに危機感を覚えたことが発端だ。
「建築業は景気に左右される業種で、パタッと暇になることもあります。うちは職人を正社員で雇用しているので、暇だからと遊ばせておくわけにはいきません。そこで私は、かねてから興味のあったものづくりで、物販に乗り出そうと考えたんです」
デザイナーと協働で素材を生かしたプロダクトを考案
そこで、石動さんが着目したのは左官の壁見本だ。壁の塗り方を示すカタログ用ボードを額装し、「左官アート」として商品化する。少しずつ売れるようになってきたのを受け、伝統工芸とデザイナーをマッチングさせる「石川県デザインセンター」のプロジェクトに参加した。
「そこでユニークなデザインプロダクトで知られる東京のデザイナーと知り合い、作品を見てもらったんです。すると『これはデザインじゃない』と言われてしまいまして(笑)。ただ、珪藻土という素材は面白いから、これで何かつくってみたらとアドバイスされました」
北陸で取れる珪藻土は、成分の関係で乾燥するとほんのりピンクがかったベージュ色になるという。その自然の風合いと吸水性を生かして、コースターとソープディッシュ(せっけん置き)を考案した。つくり方はシンプルだ。水で練った珪藻土をシリコンの型に入れ、左官のコテで表面を平滑にして乾燥させる。型から出して、縁を整えれば完成だ。デザイナーから「焼き物ではない初の土のプロダクト」と絶賛され、「soil」ブランドの下、インテリアデザインの国際見本市「インテリアライフスタイル」に出展した。さまざまなデザイナーから興味を示されたことで自信を深め、次なる商品開発に乗り出した。それがバスマットだった。
「新事業を軌道に乗せるには、ある程度時間が必要ですし、このブランドもじっくり育てていこうと考えていたんです。ところが、リーマンショックによる景気の減退でイスルギの利益が上がらなくなっていたため、三年目を迎えたころ、社長である父から『今年成果が出なかったら、ものづくりは諦めろ』と釘を刺されて。何としてもバスマットを売らなければならなくなりました」
ユニークな『内職制』で確実な生産体制を確立
その焦りは杞憂だった。22年の展示会で発表すると、テレビや新聞、雑誌などが一斉に取り上げたことで注目が集まり、1枚7500円と決して安くないにも関わらず売れ行きを伸ばした。ところが今度は、注文に生産が追いつかなくなってしまった。人手を増やそうと左官職人に助っ人を頼んだが、本業ではない商品づくりに手を出したがらなかったのだ。そこでパート従業員を雇ってつくり方を教えたが、1日に1人で20枚作れる日もあれば、10枚の日もあり、数が読めなかった。
「知り合いに相談したら、『内職制にしたら』と言われました。内職といっても、工場に出勤して作ってもらい、1枚いくらで買い取る出来高払いです。単価を決めたことで、原価計算がやりやすくなりました。内職者にしても、作れば作った分だけ給料は上がるし、急用や子どもの急病などがあっても時間に融通が利くから都合がいい。今まで内職者を10人、50人、100人と増やしてきましたが、まだ1人も辞めていません」
23年には、シリーズ商品となる「バスマットライト」を開発した。前商品の原料は100%珪藻土なので、大方の人が乗っても割れないだけの厚さがあり、重量が約6㎏ある。一方のライトは、珪藻土にパルプや石膏を混ぜた新素材を用い、薄さと1・5㎏の軽量化を実現した。その発売により売れ行きは急伸し、シリーズ累計約40万枚のヒット商品となった。ブランドが軌道に乗ったことでイスルギから離れ、27年にsoilを設立し、ものづくりに本腰を入れている。
「実は昨年、中国製の珪藻土バスマットが1900円で売り出されて、ガクッと売り上げが落ちました。しかし、価格競争をしても勝ち目はありません。今後もうちの強みである手づくりとデザイン性で付加価値の高いものを生み出し、少量多品種で勝負していきたい」と力強く語った。
会社データ
販売社:soil株式会社
所在地:石川県金沢市神田1-31-1
電話:076-247-0346
代表者:石動博一 代表取締役社長
設立:平成27年
従業員:106人(内職者含む)
※月刊石垣2017年5月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!