事例1 震災で工場が被災し方向転換 ライバル社と組んで海外に進出
末永海産(宮城県石巻市)
東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市の水産加工業者が集まり、地元産品を古代の東北地方の呼び名を冠した統一ブランド「日高見(ひたかみ)の国(くに)」商品と名付け輸出を始めた。幹事会社・末永海産社長の末永寛太さんは「1社では難しかった輸出事業ですが、グループになることで突破口が開けた」と言う。それが結果として、TPP対策となったのである。
震災で売り上げゼロが続く
TPP合意により水産品の関税率はカキが7%から即時無税、ホタテは10%から段階的に引き下げられ11年目に無税、ワカメは10・5%から即時8・9%に引き下げられる。これらは国産海産物を扱う末永海産の主力商品と競合する水産品ばかりだ。
「しかし、TPPを見据えて海外展開を決めたわけではありません。きっかけは東日本大震災でした」と末永さんは振り返る。
少子高齢化社会の到来で長期的には需要が減って売上高が減少することが明らかなため、海外市場に販路を求めるアイデアはあった。ただ震災まではスーパーなど量販店向けの販売が好調だったため、実現を先送りしていた。ところが平成23年3月に大震災が起こり、東北の水産業が壊滅的な打撃を受けた。同社の工場も被災した。
「その年の6月に社長(当時の社長は創業者の末永勘二さん)を含め3名で会社を再スタートさせたものの、売上高の9割以上を占めていた量販店向けのチルド商品の生産が止まりました。売上ゼロの状態がいつまで続くのか見通しも立たないので、事業の方向転換を決断をしました」(末永さん)
方向転換策の中、以前から考えていた水産品の輸出があった。
輸出を志す競合5社が結集し新たなブランド確立へ
輸出を実現させるため同社は、日本貿易振興機構(ジェトロ)仙台から提案を受けて24年に香港最大級の国際食品見本市「FOOD EXPO2012」へ出展した。すると日本食ブームの追い風もあって、海外のバイヤーや消費者は日本の海産物を喜んで受け入れ、予想以上の手応えが得られた。
そこで同社と志を同じくする石巻市内のライバル企業のヤマサコウショウ、ヤマトミ、丸平かつおぶし、山形屋商店を加えて5社(現在は水月堂物産を加え6社)が集まり「石巻復興『日高見の国ブランド』輸出プロジェクト」をまとめ、経済産業省の「JAPANブランド確立支援事業」に応募した。この事業は複数の中小企業などが連携して優れた素材や技術などを生かし、世界に通用するブランドの確立を目指す取り組みである。
25年5月にプロジェクトの採択が決まり、商品開発費用や展示会出展など販路開拓に関わる経費のめどが立った。幹事会社を末永海産として事務局を置き、同社企画室長の古藤野(ことうの)靖さんが事務局長として各方面との交渉に臨んだ。その時点で解決すべき課題は大きく3点あった。震災による原材料の不足、福島原発事故に伴う放射性物質規制、そして海外取引に関するノウハウ不足である。
まず原材料の確保は、地元漁師から直接買い付ける交渉を行ったり、国内の各産地からの調達を強化したりして、めどを付けた。
放射性物質規制については、国が指定する機関の検査を受けて公的証明を受けているのだが、それでも誤解が根強く現地バイヤーに尻込みされたこともあったというが、根気よく丁寧に説得して理解を得た。
ノウハウ不足についてはジェトロ主催の海外見本市に出展したり、国内外の商談会に参加することで補い販路をつくっていった。また、海外コーディネーターによる輸出支援相談サービス(ジェトロが海外に配置する各分野の専門家が対応)や海外ミニ調査サービス(企業検索や統計資料などの情報収集)を活用して蓄積していった。
日高見の国ブランドとしては「FOOD EXPO2013」に初めて出展。その後もアジア各国・地域の食品商談会や国内の商談会に参加して、輸出の仕組みや海外の商流を学び、バイヤーとの商談のテクニックを少しずつ磨いていった。同時に海外市場に対する理解が進み、仕向け地に合った商品開発ができるようになった。また輸出先に代理店を確保して流通ルートを確立、香港に続き、タイ、台湾、シンガポール、マレーシア、米国への輸出を実現させた。
「品質を第一に、誠実に取引することで、信頼関係が生まれるのは国内も海外も同じです。日高見の国グループはライバル会社の集合体なので時には意見の相違が起こりますが、事務局長の努力や各社の熱意によって、ここまで来られました」と末永さんは振り返る。
輸出先、国内販路を開拓しTPPに備える
輸出実績は初年度に当たる25年度が350万円、26年度は香港、台湾企業とのフルコンテナによる直接輸出が実現したこともあり目標額500万円を大幅に上回る4600万円を達成、27年度は8000万円を見込み、28年度は1億円を目指すという。
「今後は当社独自の展開も進めていきます。アメリカへの輸出を行うために、国際的に認められた衛生管理の手法であるHACCP(ハサップ)の審査を受ける予定です。最初はホタテとワカメの輸出から始めたいです。まずは日系や韓国系をターゲットとし、いずれ他の消費者にも受け入れられる商品を開発していきます」
そう意気込む末永社長は、TPP交渉の結果をどう受け止めているのだろう。
「現在は直営の仙台駅店をはじめとする駅や空港、高速道路のサービスエリアの売店や料理屋・外食産業を中心に出荷しています。TPPによって海外商品が大量に入るようになると、味に違いがあっても安い価格であれば売れるでしょう。そこで、当社でもより機械化を進めてコストダウンを図って対抗し、今後の伸びが期待できる料理屋・外食産業の分野に売り込んでいきます」
同社の技術力は、27年に石巻湾産1年もののカキを使った新商品「牡蛎の潮煮」が第26回全国水産加工品総合品質審査会で最高賞の農林水産大臣賞を受賞したというお墨付きである。さらに、同社は海外展開で得た自信とノウハウを駆使して国内市場も守る覚悟だ。
会社データ
社名:末永海産株式会社
住所:宮城県石巻市塩富町2-5-73
電話:0225-24-1519
代表者:末永寛太 代表取締役社長
従業員:26人(社員)
※月刊石垣2016年5月号に掲載された記事です。
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