事例2 伝統のこんにゃく製法にこだわり海外市場に合わせた商品で20カ国に輸出
石橋屋(福岡県大牟田市)
TPPを見越して、海外展開したこんにゃく専業メーカーがある。明治10年、福岡県大牟田市で創業した老舗の石橋屋は「こんにゃくを世界に広めること」を目標に掲げ、平成14年から世界市場へ進出し成果を上げている。
昔ながらのバタ練り こんにゃくで大手と差別化
こんにゃくの原料となるこんにゃくいもは、TPP交渉の結果、現在の関税率である関税割当枠内40%が維持された。また、こんにゃくいも製品は21・3%の関税を段階的に6年目までに15%削減されることになった。ただ現時点に限れば、こんにゃく業界は輸入品に押されている状況ではない。農林水産省の資料によるとこんにゃく製品の場合、国内生産量20・5万トンに対し、輸入量は2・7万トンにすぎない。
「そのため当社の製品の売り場が海外製品に置き換わっているという状況ではありません」と石橋屋の代表取締役・石橋渉さんは話す。
石橋屋のこんにゃく製法は、「バタ練り」と呼ばれる昔ながらの手づくり製法を守っている。「この製法でこんにゃくをつくるためには手の触感で練り具合を判断できる熟練の職人技が必要なためバタ練り機を使って製造するメーカーは国内数社と聞いています」。
実は石橋さんは社長に就任した平成2年を機に、工場の機械化を進めた。一時は機械化商品が売り上げの6割を占めたが、大量生産を志向すればするほど商品に特徴がなくなり、大手メーカーとの競争にさらされるようになった。「これでは商品に自信が持てず、差別化も図れません。そこで6年にバタ練りに戻す決断をし、ローンが残っていた機械も含めてすべて処分して、市内にあった工場を水のきれいな山あいの場所へ移したのです」
輸出へ向けて販売ルートを開拓
少量生産のバタ練りこんにゃく製品は価格が高いため、石橋さんはデパ地下(百貨店の地下食料品売り場)や高級スーパーで販売したいと考えた。そこで百貨店に飛び込み営業をかけ、応対してくれたバイヤーに3つの条件を提示した。それは、準備も販売も自分で行うので、3日間だけ販売させてほしい。売上の3割は百貨店に渡す。もし売れたら定番に入れることを検討してほしい(「置いてほしい」ではない点がミソだ)というものだった。
この条件提示による販路開拓作戦は成功し、多くのデパ地下や高級スーパーの定番となった。
国内販売が軌道に乗ってくると、石橋さんの心の中で「世界の人に食べてもらいたい」という思いが強くなっていった。
「もちろん経営者としては会社を存続させなければなりませんから、海外展開には販路の多角化を図る意図もありました。私が18歳で会社に入社した当時(昭和51年)の仕事は取引先の開拓でした。周辺の八百屋さん(九州ではこんにゃくは八百屋の販売品)は開拓済みだったので、福岡市内まで出かけ八百屋さんに口の利き方すら分からない状態で飛び込みました。海外進出もその当時と同じ事を、もう一度やればいいだけなのです」
折よく平成13年、石橋さんは取引のあった百貨店・大丸から、シンガポール店で九州フェアを開催するので、こんにゃくを出店してみないかという誘いを受けた。こんにゃく料理にはおでんや煮物のような熱いものが多いので、シンガポールのような気温の高い国で受け入れられるのだろうかという不安があったが、現地の中国系や日系の消費者を中心に「バタ練りこんにゃくのコリコリとした食感が大好評でした。『これはいける』と自信を得て世界進出を決めました」。
まずはアメリカ、それもど真ん中のニューヨークへ出て行こう──
そう決意した石橋さんは14年5月、東京で開催された展示会でニューヨークのバイヤーと交渉し、例の「3つの条件」を提示して承諾を得て、9月には渡米する。デモンストレーションの場所がニューヨークではなくニュージャージーだったという〝誤算〟はあったものの、用意した3000個のこんにゃくを3日間で売り切った。大盛況に終わったおかげで、サンフランシスコやロサンゼルスでも販売できるようになったが、石橋さんには不満があった。「こんにゃくを知らない白人や黒人の消費者には受け入れられなかったのです」。現地のフードコーディネーターのアドバイスを得て理由を分析したところ、板状のこんにゃくはアメリカ人が嫌う5大味覚のうちスライミー(グニャグニャ)やチューイー(かみ切りづらい)、スティンクス(匂いの強いもの)などに当てはまっていた。
海外で売れるこんにゃくを次々開発し再挑戦
そこで思い切った方向転換を決断する。顧客に喜んでもらえるのであれば従来品にこだわるつもりはない。
「ヌードルタイプ(シラタキ)のこんにゃくを開発してパスタのように使っていただくことを考えました。フードコーディネーターから洋食の3原色である緑・赤・黄色を使うと良いというアドバイスを受けて、ホウレンソウ麺、ニンジン麺、カボチャ麺の3種類をつくりました。さらに麺の研究をするためソバ打ちの修業をして、のどごしを良くするため麺の断面を星形にすることを思いつきました」
またこんにゃくは日本では食物繊維の多い低カロリー食品という認識だが、アメリカではヘルシーに加えて小麦不使用を前面に出すことにした。一方で福岡大学などと共同でこんにゃくを粉末状にした「こんにゃく健康パウダー」(水分を除くため輸送コストが安い)の健康食品としての可能性や食品としての利用を研究したり、デザートなどに使える新しい原料として「こんにゃくジェル」の開発・販売も行っている。
13年時点で100対0だった国内と海外の販売比率は27年には80対20になった。いまや取引国は約20カ国に及ぶ。だが石橋屋は「身の丈経営」を経営理念に掲げるだけに、海外販売比率を短期間で大きく引き上げるつもりはない。「一つの事業を育てるには10年かかると覚悟してじっくり取り組んでいます。また事業を急拡大して社員に無理な残業を強いるようなこともしたくありません」と石橋さん。
事業を昔ながらの手づくりという原点に戻し、じっくり育てつつもチャンスは逃さない。そんな石橋さんの絶妙な「守り」と「攻め」の経営姿勢が功を奏し、国内外のライバル社が真似のできない商品開発と販路開拓に成功、石橋屋はTPPの影響を受けない企業体質となった。
会社データ
社名:有限会社石橋屋
住所:福岡県大牟田市大字上内529番地
電話:0944-58-6683
代表者:石橋 渉 代表取締役
従業員:16人
※月刊石垣2016年5月号に掲載された記事です。
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