事例2 創業170年の蔵元を継ぎ、醸造業を未来へつなぐ
澤田酒造(愛知県常滑市)
嘉永元(1848)年創業の老舗蔵元、澤田酒造の六代目を一人娘の澤田薫さんが継いだ。26歳で入社し、34歳で継承するが、その間に結婚、出産を経験し、現在は2児の母でもある。古式伝承の酒づくりを引き継ぎ、自然、世間、買い手、売り手、働き手の「五方良し」で経営にあたる。地域の醸造業全体の活性化にも力を入れている。
老舗酒造の後継者が地元のスーパーに就職した理由
愛知県常滑市は日本六古窯の一つ、常滑焼が有名で、平成17年に中部国際空港、通称セントレアが開港し、観光客も増加傾向にある。だが一方で、この地は江戸時代から醸造業が盛んで、多いときには200以上もの酒蔵が軒を連ねた歴史もある。その栄華は陰りをみせ今は酒蔵が6軒までに減るものの、味に定評のある蔵は多い。その一つに澤田酒造がある。社員約10人と小規模だが、看板ブランド「白老」を筆頭に、全国新鑑評会(独立行政法人酒類総合研究所主催)で金賞を多数受賞する銘酒蔵だ。
その酒蔵の六代目代表取締役社長として27年、澤田薫さんが就任した。
「子どものころから、蔵人や両親が働く姿を見て育ちました。ゆくゆくは私が継ぐという自覚もありましたし、両親もそれを望んでいました。でも、若いうちは好きなことを自由にということで、地元で有名なスーパーマーケットに就職しました」と澤田さんは入社前を振り返る。
伊勢湾の海の幸をはじめ地産地消の食文化があり、美食家の両親の下で育ち、高級料理ではなく、日々の食卓に並ぶ食の豊かさに目を向けた澤田さんは、スーパーマーケットでも高品質な品ぞろえに定評がある店に勤めることで、さらに食文化への関心を深めていった。
「勉強会にも積極的に参加して、食品添加物や食品に関するさまざまなことを学びました。日本の食文化を伝える仕事がしたいと入社したのですが、日本酒も食文化だと思うことが幾度もありました」 学生時代には、「蔵女性サミット」という全国の酒蔵で働く女性たちの一大イベントに、母親と共に参加した経験がある。そこでいきいきと輝く女性たちの姿が、時が経(た)つにつれ薄まるどころか、より鮮明によみがえっていった。
「五方良し」の理念を掲げ家業から企業へシフト
3年が経ったあるとき、母親から定年退職で欠員が出るから戻ってきてほしいと連絡が入る。それを機に家業入りし、翌年には酒類総合研究所の清酒製造技術講習を、翌々年には清酒上級コースを受講。修了し、酒づくりの知識とノウハウの基礎を培っていった。だが、時を同じくして結婚・出産と重なる。社長就任は、2人目を出産してわずか2カ月後のことだった。
「授乳しながら経営書をよく読んでいました」と澤田さんは笑うが、社外経験や書籍を通じて、あることに気が付く。「うちは経営理念が明文化されていない」と。そこで、社員を一つにまとめ、向かう方向を指し示すビジョンは必須と、澤田さんが掲げた経営理念が、近江商人の三方よしになぞらえた「五方良し」だ。売り手よし、買い手よし、世間よしに、自然よし、働き手よしを加え順序を変えた。
「自然よし」には、酒づくりには郷土の豊かな自然環境が欠かせないという思いが込められている。同社は昔ながらの和釜、木甑(こしき)(大きな酒米を蒸す木おけ)や麹蓋(こうじぶた)を用いた、基本に忠実な酒づくりをしており、木などの自然素材でつくられた道具もまた、自然への畏敬の念につながる。
また「働き手よし」も、同社の酒は、機械まかせではなく、人の手によるところが大きいからだ。
「社員にどういう言葉をかけるかは常に意識しています。製法は守り継いでいますが、マネジメントの面は大きく変えました。命令口調で指示を出さず、ポジティブな言い回しを心掛けています」と、それまでのトップダウンからボトムアップの社風に切り替え、社員の自発性を尊重することで社員のモチベーションを高めている。
「家業を企業として体制化し、伝統を守るだけではなく、新しいことに挑戦し続ける蔵元でありたいと思います」
女性経営者の視点を生かし知多半島の魅力を発信
現在、澤田さんは経営者としての仕事のほかに、営業や企画、広報、酒づくりでは原料調達やお酒の成分分析、製造方針まで担当するなど、一人何役もこなしている。
「子育てとの両立は正直全然できていません。子どもはもうすぐ6歳と3歳になりますが、乳児のときは蔵に延べ5人のベビーシッターさんに来てもらって、3時間おきに授乳していました。保育園に通う今も、母や婿入りしてくれた主人をはじめ、周りにフォローしてもらいながら精いっぱいの日々です。両立できている人にコツを教えてもらいたい状況が続いています」と苦笑いする。
仕事に追われて、つい子どもに当たってしまうこともあり、自己嫌悪に陥るという。だが、自身を省みたり、おむつなし育児アドバイザーになったりと、子どもと真摯(しんし)に向き合おうと奮闘する姿勢には、澤田さんが目指す酒づくりに通じるものが感じられる。
またママ目線や女性ならではの視点で、酒蔵に新たな風を呼び込んでいる功績は大きい。ノンアルコール梅酒の開発や、若い主婦層や丁寧な暮らし方をしている層に向けた高品質料理酒の提案、酒粕(かす)トマトクラッカーや酒粕バウムクーヘンをはじめとするスイーツ開発、和菓子屋とのコラボレーションなど、新企画は枚挙にいとまがない。
先代から続く酒造開放も30回を数える。昨年大好評だった、知多市で明治時代より栽培されている「佐布里梅」の収穫体験と同社での梅酒仕込みをセットにしたツアーを今年も開催。今年5月の創業170周年記念イベントでは、愛知の発酵食でもてなす予定だ。
「知多半島は塩、酢、醤油(しょうゆ)、味噌(みそ)の醸造文化があり、日本の伝統的な食文化を持つ醸造半島です。〝発酵〟をキーワードに、地域全体を活性化していきたいです」
会社データ
社名:澤田酒造株式会社
所在地:愛知県常滑市古場4-10
電話:0569-35-4003
代表者:澤田 薫 代表取締役社長
従業員:11人
※月刊石垣2018年5月号に掲載された記事です。
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