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Close UP3 東日本大震災と原発事故の苦難を乗り越えて伝統行事を継続

門馬 和夫/南相馬市長・相馬野馬追執行委員長

野馬追のハイライトは、2日目に約五百騎の騎馬武者が祭場地を目指す「お行列」から始まる

福島県浜通りの相双地方(相馬地方・双葉地方)には、一千有余年の歴史を持つ「相馬野馬追」が伝わり、神事として連綿と続けられてきた。東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故で、市域の多くが規制区域となり、継続が危ぶまれた。だが、「伝統を途切れさせたくない」と行動に移した人々がいた。

市民の心のよりどころの祭りが存続の危機に

青森ねぶた祭、秋田竿燈まつり、仙台七夕まつりなど、東北各県には全国的に知られる夏祭りがある。その先陣を切り7月末に行われるのが、福島県の相双地方に1000年以上前から伝わる「相馬野馬追」だ。

その起源は、かつてこの地を治めていた相馬氏の祖とされる平将門が、下総国(しもうさのくに)小金ヶ原(現・千葉県北西部)に放した野馬を敵兵に見立てて捕える軍事演習したことに始まったとされる。江戸時代以降、こうした軍事訓練は一切取り締まられたが、相馬野馬追は捕らえた野馬を神馬として氏神に奉納することで、地域の平和と安寧を祈る神事として伝承されてきた。今では、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

「参加者は熱いですよ。野馬追のために1年かけて準備している人もいるし、参加するためだけに馬を1頭飼っている人もいるほど。皆それくらいこの祭りに懸けているし、市民の心のよりどころになっているんです」と語るのは南相馬市長で相馬野馬追執行委員長も務める門馬和夫さんだ。

その祭りが存続の危機に瀕(ひん)したのが、東日本大震災時だった。原発事故の影響で、野馬追の会場となる場所の多くが「緊急時避難準備区域」や「警戒区域」となり、そこでの開催は不可能となったためだ。

鎮魂と復興を目的に規模を縮小して開催

震災当時、門馬さんは南相馬市の経済部長を務めていた。同部の中には観光交流課があり、震災当日はちょうど次年度の野馬追関連予算を含む議案を市議会に提案していたところだったが、それどころではなくなった。

「とにかく住民の避難と支援物資をどう届けるかが最優先課題でした。被災区域の復旧作業、農産品や畜産品をどうするかなど、やることは山積み。3カ月くらいは市内の事業所の調査をして、夏以降の産業復興に道筋をつける作業に忙殺されました」

それでも頭の片隅にあったのが野馬追だ。

「避難生活を余儀なくされた人、祭りで騎乗する馬や装束の甲冑(かっちゅう)を津波に流されてしまった人など、参加したくてもできない人がいる。そんな中で無理にやらなくても、という意見もありました。でも、皆本心はやりたい。話し合いの末、亡くなられた方の鎮魂と相双地方の復興を目的に『東日本大震災復興相馬三社野馬追』と称して、行事内容を大幅に縮小して行うことに決まりました」

開催に際して、門馬さんが心を砕いたのは「どこまでやることが許されるか」の見極めだった。被災した人々を思えば、やれる喜びと申し訳ない気持ちが交差する。あまり簡略化しては伝統を守ることにならないかもしれない、しかし無理に行事を行えば異論が出る恐れがある。野馬追のハイライトは、五百騎余りの騎馬武者が御神輿(ごしんよ)を擁して、南相馬の中心にある雲雀ヶ原祭場地を目指す「お行列」と人馬が一体になって駆け抜ける「甲冑競馬」、それに御神旗(ごしんき)を奪い合う「神旗争奪戦」だ。その勇壮な風景は必見だが、次の年につなげるには、匙(さじ)加減を間違えてはならない。

「当時『野馬懸』の会場である相馬小高神社が福島第一原子力発電所から半径20㎞圏内の警戒区域内であり、行事ができる状況になかったので、別の神社に会場を変更しました。初日に「お繰り出し」と呼ばれる出陣式を行ったあと、各神社に武者たちが参列して、祭式や神事のみを行うことにしましたが、通常通り3日間の行程で開催することができました」

誘客につなげるために伝統と観光の両立を模索

その翌年は、メイン会場の規制が解除されたため、例年に近い形での開催を目指した。その結果、2年ぶりに従来会場で「お行列」「甲冑競馬」「神旗争奪戦」などが無事に行われた。前年は3万7000人に落ち込んだ入込客数も16万人近くまで回復。それ以降も順調に増えて、現在は20万人前後で推移している。

その間、門馬さんは市役所を定年退職し、南相馬市議会議員を経て昨年1月に市長に就任した。震災から8年が経過した今、少しずつ良いことが出てきたと実感しているという。例えば、昨年6月に全国植樹祭が津波被災地を会場に行われ、1万人が集まって大いににぎわった。また、萱浜地区に福島県が建設中の「福島ロボットテストフィールド」も明るい話題だ。物流、インフラ点検、大規模災害などに活用が期待される無人航空機や災害対応ロボットなどの研究・開発ができる一大施設である。

「やはり人が来てくれることがうれしいんです。イベントに人が集まったり、研究施設に優秀な研究者が来たりすることで、活気を取り戻したい」

そんな南相馬の姿を、多くの人に見てほしいと門馬さんは切望する。それが根強く残る風評被害の防止にもつながるからだ。そういう意味で野馬追は、多くの人を呼ぶ絶好の観光資源といえる。しかし、神事のため観光色を強めることに難色を示す人は多く、実際に観光客が来ても自由に参加することはできないこともあり、安易なPRは難しいという。

「1000年を超える行事ですし、伝統は守らなければなりません。日本だけでなく海外にも広く知ってほしいし、見に来てもらえる工夫や仕掛けを考えていきたい」と門馬さんはますます野馬追への思いを強くしている。

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