今号は、サラリーマンから転じて全くの異業種で創業した事例をご紹介します。
夢中になった日本酒が開業のきっかけ
埼玉県さいたま市に、脱サラし開業した飲食店があります。店主の平野文彦さんは、大手電機メーカーに勤務していました。国内出張も多く、さまざまな地域の飲食店で地酒や食材に触れる中で、日本酒に魅力を見いだします。50歳を前に早期退職優遇制度を利用。開業を目指し、1年半の準備期間を設けました。
全国各地の酒蔵巡りからスタートした平野さんは、百軒以上を訪問し、酒蔵の杜氏は世代交代期を迎え若い人材が輩出されつつあることを実感します。知名度はまだ低いもののおいしい日本酒が増えていることも知り、これらをもっと広く紹介したいという思いが募りました。
当初は小売りを目指しましたが、採算性や将来性を考え飲食店の開業を決意します。コンセプトは〝一人でも気軽に立ち寄れる大人の隠れ家〟。浦和駅から徒歩3分の好立地に手頃な物件を見つけ、平成21年にオープンしました。
店内はカウンター9席のみで、シックで落ち着いたムードが漂います。店名は「和酒処さなぶり」。さなぶりとは、田植え後に五穀豊穣を願って催される宴席のことで、うまい酒はおいしい米から生まれることから、田の神様への感謝を込めて名付けました。常時40を超える銘柄を用意し、お客の好みに合わせて提供しています。ここ15年ほどで大幅に世代交代した若手の造り手による少量限定生産の純米酒・吟醸酒を中心に取り揃え、創業前に自らの足を使って築いた酒蔵とのネットワークが生きているのです。
心地よい空間づくりが人を呼ぶ
女性客が多いのも特徴です。若い女性が一人で気軽に入れる飲み屋は意外に多くありません。平野さんは開業当初から〝心地よい空間と時間〟を提供することを意識していました。これがお店の入りやすさ・居心地の良さにつながっています。宣伝広告は特に行っていませんが、インターネットや情報誌などで紹介されたり、目と舌が肥えている女性客のクチコミが人気を支えていると言えるでしょう。
平野さんは、目の前の9人のお客が、自分の店で過ごすことで幸せな気分になってくれることに全精力を注いでいます。創業の低迷する昨今、第二の人生を信念に基づいた店づくりに託したこの事例は、事業経営の素晴らしさを再認識させてくれます。
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